090830 会社のWeb制作は最終段階
 IBMのHPBです  実際に諸々の手続き&作業を開始してから数ヶ月が経過しています。

外部へ委託しなかった理由ですが、当社の大事なWebサイトを人任せ
にはしたくなかったからです。

私共の会社のWebは訂正・追加・変更など自由に出来なければなりま
せん。

とはいえ、イチからHTML/CSS/JavaScriptを書くのは到底無理、最終
的にはIBM-HPB-13ワールドにお世話になりました。

しかし、お仕着せのままでは私共の個性は出せません。

出来る範囲でオリジナルを追求した結果が「これ」という次第です。

個人向けに、フリーソフトを使い、易しくHPを作るためのガイドブックも
あり、これはこれでたいしたものです。一方、HPBでは法人向けのWeb
サイトは作れませんよ、という方々もいらっしゃいます。

私共はその中間をいくことにしました。

どんなに格調高いHPが出来ても、肝心な事は必要に応じて随時変更
が出来ることではないでしょうか。
 

090901 Webサイトを自作するなら
結論から言うと、サポートがしっかりしたHP作成ソフトとサーバー・サービスを選んだ方が無難です。
初めての作業だと分からないことも多く、HP作成ソフトにしてもサーバー・サービスにしても特有のクセがあります。困った時に頼りになるサポートを受けられると実に心強いものがあります。
 

090902 ジャズライブ音(さいたま商工会議所の新入会員交流会にて)
 
 メンバー: 青柳陽子(Vocal)、川口雷二(Drums)、西脇定夫(Synthe-Guitar)、かいとひろし(Bass)

会場は会議室なので、そもそも音響はあまりよくありませんが、ボーカルの定位は実際どうなの
か、キックドラムの音はどの程度出ているかをチェック出来ました。

ボーカルの定位: PAのせいで、もやもや拡がった星雲の中に中性子星(肉声)がある感じです。

キックドラムの音: 迫力のある「ドスッ、ドスン」です。
            もっともこれはジョージ川口さんの息子の雷二さんのキックドラムがツインとい
            う事情もあるかもしれません。

オーディオの世界では「ボーカルの定位」の良し悪しがよく話題になりますが、このライブの場合、
定位ははっきりしませんでした。
 

090909 防音工事の必要性ですが(オーディオ・システムの場合)

まず、システムの運用を工夫しましょう。

1 周囲の方々がお留守な時、家人が居ないときに部屋のドアを全開にして聴きます。

2 どうしても夜中に大音量で聴きたいという「無理」を言う前に、システムそのものを見直
  し、小音量でも一応聴けるようにすべきです。 良いシステムは音量を絞っても音のバラ
  ンスは崩れません。

それでも不満があれば、仕方がないので部屋の遮音工事をやることになります。「参考書」をご覧いただきたいのですが、ご自分でやれる事は沢山あります。しかし、面倒だということであれば専門の業者に相談することになります。
 

090918 屋外は意外に低周波騒音にあふれています
私共の事務所はごく普通の住宅街の中にあります。

聴感補正無しで暗騒音の測定をしてみました:

昼間
60〜70dB、ピークは80dB超。対数目盛の250Hzから16Hzへ向かって直線的に音圧が高くなります。

夜間(3:30)
55〜60dB、ピークは時に70dB。やはり対数目盛の250Hzから16Hzへ向かって直線的に音圧が高くなります。なお、このとき室内は35〜40dB。

16Hzの音源は一体何かは分かりませんが、殆ど人間には聴こえない低周波領域の音が屋外には昼も夜も存在します。

こうしてみると、部屋の遮音性能を上げることは、むしろ屋外の騒音を防ぐことに役立っているといえそうです。
 

090930 マンション6畳の遮音ですが(総合45dB)
 これは元々外壁とか床が30dB程度の遮音性能を持っていることを前提として考えます。

弱点は窓の15dB(3mm厚のガラス)、室内ドアの15dB(フラッシュドア)です。

既存の窓ガラスは3mmから6mmに代えます。
更にインナーサッシを入れますが、このガラスは5mm、この厚さはどうしても必要です。サッシの
隙間を塞ぎトータルで45dBの遮音性能を確保します。

室内ドアの場合、目張りで+5dBは可能です。そうしますと20dBとなります。他の部屋にもドアが
ありますので、戸外に対してはトータルで45dBといったところです。
室内側に対してもう1枚気密性がよいドアを入れる手もありますが、現実的にはかなり難しい。

あとは天井、壁ですが、天井はともかく、壁は40mm程度の厚さでOKです。
床はフローリングのままがよいのですが、振動遮断が必要であればタイルカーペットの増し貼り
程度に留めます。8mm以内で収まります。

総合で45dBという遮音能力は達成可能ですが、施工側の協力と理解が必要です。

6畳分トータルの費用ですが、当社のメインシステムの一番高い機器の定価程度と考えていただければいいと思います。
 

091104 住宅の清掃→修繕→リフォーム
住宅に限りませんが、建物は新築後、全般的に徐々にですが劣化します。

本当に残念ですが、これをくい止める手段はありません。

将来の見通しが立ちにくい現在、出来るだけ家を長持ちさせたいと思う方は多いと思います。

お買い求めになった住宅の30年の寿命が60年になれば有難いことです。

日本人の寿命は伸びていますから、住宅の寿命も延びた方が良さそうですね。

住宅を長持ちさせる第1歩は清掃、特に拭き掃除(水拭き、空拭きを問わない)です。

つまりは「手入れ」ですが、理由は建材の劣化は大体表面(境界面)から始まるからです。

境界面のホコリ・汚れを放置しない、固着させないといいうことになります。

汚れが固着すると回復不能で取り返しはつきません。「拭き掃除」の少し強いやり方が
「磨き」です。
建材の表面がきれいなら、表面をコーティングするという手があります。塗装ですね。
しかし塗装も劣化します。

昔はハタキでパタパタとホコリを落としていましたが、それも表面に作用するので、雑巾に
よる拭き掃除ほど強力ではじゃありませんが、有効な手段です。
現在は「静電ハタキ・ハライ・ハンドモップ」というモノがありますので、それでOKです。

とはいえ、家中壁や天井を毎日清掃するわけにもいきませんので、「実情に応じて工夫を
する」ということになります。

次は「修繕」です。これは居住者がご自分でやれる部分がかなりあります。
やり方をネットで調べて、必要なモノをホームセンターなどで購入されればよいと思います。

最後はリフォームですが、間取りの変更、増築・減築、キッチン・洗面所・トイレの入れ
替え、壁クロスの張替え、遮音リフォームなどは専門の会社に依頼することになります。
部分的ですが「新品」になりますので、気持ちもいいし、住宅としての価値も上がります。

戦後、焼け野原から再出発し、住宅やモノを作れば売れた時代、その後の使い捨ての
時代と今とでは様相が一変しています。
住宅に限らずモノについても、出来るだけ長持ちさせようという方向へ来ていると思います。
 

091214 農業とオーディオ
全く関係が無さそうなこのふたつのジャンル、農家で居室の遮音リフォームの仕事が発生するこ
とはまず考えられません。
しかし、この一見無関係なジャンルどうしの接点・関わり合いについて考えてみることは、室内音
響の仕事が社会のどの分野で、どのような仕事をされている、どのような年代の方々に役立つの
か、必要とされているのかをチェックする為に役立ちます。
そもそも農業というジャンルの仕事内容とオーディオのイメージはどうしても結び付かない。
オーディオは勤め人とか自営業との親和性が高いように感じます。
オーディオは屋内の世界ですが、農業は基本的に屋外の世界、住宅も作業場と兼用だったりしま
す。労働集約型の産業ですから、人の出入りも多いでしょう。
こうした環境では、個室文化型のオーディオの世界は成立し難いと考えられます。
加えて、農業従事者の主力部隊は70才代ですから、農業サイドにとりオーディオはますます縁遠
い世界となります。
しかし、です。日本をしばらく支えてきた製造業の先行きの見通しはそう明るくないし、他にも理由
はありますが、農業を維持し、農業で生活が成立することを目指して、資金・人材(人智)の投入
が今後は増加するのではないでしょうか。
農業に携わる方々のライフスタイルが変われば、農業とオーディオの接点も増えるのではないか
と思われます。
元々、農家はマンションに比べればオーディオを楽しむためには恵まれた環境です。
 

091231 MINI ONEのバッテリー上がり
 新品のバッテリーです  新しいバッテリーの電圧です
 2008年に購入したMINI ONEは70Ahのバッテリーを積んでいました。
小さな車にしては大容量のバッテリーなので、約半年「手動アイドリング・ストップ」をしていました
が、アレッ?エンジンの掛かりが悪いぞ?が始まり。数ヶ月後にはバッテリーを交換する羽目に。
このバッテリーは結構高価です(泣)。いったん上がったバッテリーは回復出来ません。
この車の場合、旧いバッテリーは手を尽くしても70%しか回復しなかったそうです。
自動車の鉛バッテリーを長持ちさせるために何をすればよいのか?鉛バッテリーは常に満充電
状態にしておくことが良いのだそうです。
1 暗電流で消耗した分(MINI ONEの場合は50mA程度なので1.2Ah/日)は速やかに補充
2 短時間といえど大電流が流れるエンジン始動の回数は少なめに
毎日、普通に車を1時間以上連続して乗られている方にとってはあまり問題にはなりませんが、
週に2日程度しか車を使わない場合は要注意です。
ちなみに、走行充電は(エンジン回転数が1000回転以上の場合)1時間で5Ah程度と推測してい
ます。走行距離とか走行速度ではなく、バッテリーの充電に必要なエンジン回転数がどのくらい
持続されるか?が問題です。
 

100122 タイの「伝統的な高床式木造家屋 カロン家」
2010年1月22日(金)の読売新聞夕刊の記事です:
家計簿 6人暮らし
月収(年金と長男の収入)          18万9560円
食費                        3万3600円
光熱費                         2520円
電話代                         3080円
教育費                         8400円
医療費                         8400円
貯蓄                       11万9560円
何と、貯蓄率63%です!!! 
85年前の住宅を3代に亘って受け継いだ家だからこそ出来たことです。
 


100125 オーディオの楽しみ
 お金が沢山あれば高い機器は買えますが、それが全てではないと思います。
オーディオの楽しみは「セッティング」です。特にスピーカーがそうです。
あれこれ配置とセッティングを調整していると時間が経つのを忘れます。
インシュレーターなど、有りあわせのものでOKです。それらを試してみることをお勧めします。
スピーカーの配置は1mm、2mmの違いを試してみては如何でしょうか。水平の取り方も大事、
これが楽しみなのであります。DIYです(笑)。
 

100203 菅野沖彦さんのリスニングルーム論(西岡)
 久し振りに菅野沖彦さんの「新レコード演奏家論」を読み返していたら『部屋との整合性をとること
がよい音へのプライオリティだ』という部分(P.50)に出くわしました。
少し引用させていただきます:

「だから、厳密に言えば、リスニングルームの音響設計施工上の必要性は、遮音性の確保以外
にはないと言ってもよい。それに伴って内装を程良い吸音性と響きのバランスで音のよい部屋に
するのであって、絶対的な数値はない。理論的に正しい設計などというものはないのである。
(中略)空っぽの部屋では音の感じはすぐには解からない。各人好みの家具やカーテン、敷物の
類を入れて、快適な居住空間ができ上がり、実際に、いろいろな気分の時に応じて、いろいろな
音楽を奏でてみて解かるものである」

菅野さんのオーディオ・ラボ時代の38cm2トラック・レコーデッドテープは10代の頃ですが、1本だけ
「collaboration Kunihiko meets Eiji」を持っていました。
モーターの軸受けがダメになり、メーカー修理が出来なくなったTEACのA-7400RXと共にお別れし
ましたが、厳しい録音だったという記憶があります。
今、手元には(編者)島護さんの「菅野レコーディングバイブル」があり、その片鱗はCDで聴く事が
出来ます。
とにもかくにも、音楽レコードの制作と再生に厳しい菅野さん、私は苦手ですが、リスニングルーム
については少しホッとした次第でした。

注:本来「菅野沖彦先生」と書くべきかもしれませんが、私としては直接面識が無い方ですので、
「さん」付けとさせていただきました。
 

100226 サブシステム2,3,4のケーブル・機器を変更しました
まずサブシステム2,3が共通のソースとして使っているSONY NAC-HD1のデジタルアウトを光
ケーブル(ELPA DO-100 \1,280)から同軸デジタル(BELDEN 1506A \3,800)へ変更。

光ケーブルは雑音を拾わないのですが、「(光−電気信号)変換器」が間に2個入るので、それが
弱点になる場合もありそうです。

音質が変化しましたので、より良い水準を狙ってサブシステム2のプリメインアンプをDENON
PMA-2000AEから同じシリーズのPMA-2000SXへ換えました。

また、サブシステム4については、PCとDACを繋ぐUSBケーブルを一般的なPC用ケーブルから
BELKIN USB2 50cm \3,400へ換えました。

感想です。音は全般的に良い方向へいったと感じています。サブシステム2はとにかく音楽を
聴くのが心地良いというシステムになりました。総額50万円にも満たないのですが、魅力的です。

サブ1のPMA-2000Wはそのままにしています。これはこれでよいと思っています。音だけのこと
ではありません(笑)。

DENONのPMA-2000シリーズはオーソドックスで使い易いと思います。
 

100317 オーディオ機器のラック!!! 
 実はオーディオ機器用のラックではありません。
現場の実測でPCとM3を載せる台(車)を探して
いて発見しました。

アイリスオーヤマのSEM-5508、これはイイです。

改めて、アイリスオーヤマの「メタルラックシリ
ーズ」を調べると、これは十分オーディオラックと
して使えるのではないかと思いました!!!

ちなみに、当社では2×4木材(パイン材)をベー
スにした注文ベースのスケルトンラックをいずれ
やりますが、オールメタルもいいですねえ(笑)。
 

100517 Visual Basic(.NET)との格闘
 ちょっとした計算と作図をして、室内の音源からの音波の反射波を精密に描きたい、あるいは
ロジスティック方程式を用いて風変わりなグラフィックスを描いてみたいという動機で、昔お世話
になったBasic(正確にはQuick Basic)のようなものを探し出し、取り組みを開始したのが約1ヶ月
半前のことでした。

ところが、表題のVB.NETには、"Basic"という言葉は入っているし、手続き型プログラム言語
(FORTRANもそうです)としての昔のBasicの面影は残っているのですが、全体の構成、サイズ
(巨大!)は全くの別物でした。しかもVB.NETは".NET Framework 1.0"と組合わせて使用しなけれ
ばなりません。
そもそも、プログラミングに対する考え方がすっかり変わってしまっているので、最初は何が何だ
か分からず、今でも全体像が(いわば)ストンと腑に落ちているわけではありません。

しかし、全体像の理解は出来なくとも、やりたい事が何とかやれそうなところまで漕ぎ着けました。

いやー、昔のBasicは良かった!簡単だし、軽いし、アルゴリズムの検討に集中出来た、と心から
思いました(苦笑)。
 

100518 音カメラの映像(雑木林と竹林の違い)
NHKの「アインシュタインの眼」という番組で観たのですが、
トランペッターが雑木林の中で演奏します。それを音カメラで撮影します。

音が来る方向に音を表す円が表示されます(円の大きさが音の大きさ、色が周波数帯を
表します) 。

雑木林の場合、音の円はトランペッターの周辺に集中しています。
ところが、竹林の場合、音の円は画面のいたるところに発生し、竹が音を拡散していることがよく
分かります。

表面が滑らかな円柱が音のディフューザーとして機能することはよく知られていることですが、
それを可視化されるとやはりビックリします。

日東紡音響エンジニアリングの「Acoustic Grove System」(SYLVAN \210,000/本)もこうした現象
を利用した製品かもしれませんね。ただし、使い方を間違えるとうまくないと思います:

    http://www.noe.co.jp/product/pdt1/pd1_12.html

 

100521 音楽を聴いて心から楽しくなるフツーのオーディオシステム
私どもはついついオーディオシステムを部屋とは別物として考えてしまいますが:

音楽を楽しむことは生活の一部であるという観点からすれば、デザイン的にも部屋とマッチング
した方がいいし、時間を掛けて検討する価値と必要があると思います。

2010年6月号のStereo誌 P.6〜P.8で、オーディオ評論家の山之内正さんが、欧州メーカーの
Dynaudio & Atoll のシスコン(安い!)を紹介していますが、その中でハッとした部分を引用させて
いただきます:

「欧州でのショッピングの楽しみの一つは、自宅に導入したときのイメージを想像しながら製品
選びができる環境が行き渡っていることだ。」

(中略)

「もちろん、それはオーディオ機器にもあてはまる。」

「空間設計を意識している点では、作り手であるメーカーも共通だ。欧州のオーディオメーカーは
音楽を生活空間に溶け込ませる術を心得ていて、そのための演出に労を惜しまない。」

さて、同じ号に評論家の上杉佳郎さんが書かれている内容にも関係しますが、音楽を楽しむため
に必要な「良い音」の実現は決して大変な事でも難しい事でもありません。

  http://www.urawaonkyo.co.jp/oyakudachi/audio-system.html

当り前のことを当り前にやり、当り前のお金(決して高くはない)を掛けるだけのことです。

しかしマニアの世界は違います、オーディオの世界でも。それは彼らに任せておけばよろしいと
思います。
 

100526 アキュフェーズのパワーアンプ P-7100 メーターランプの修理
先日、騙し騙し使用していたパートナー企業の10年物の国産PCがいよいよダメになりました。
ネットで調べたところ、電源系の、それもコンデンサーの劣化だろうと推測し、明日コンデンサー
の交換をします。

それにつけても、オーディオ機器を沢山使用していると、常に「故障」と向き合う心構えが必要に
なります。

少し前のことになりますが、メインシステムで使用している、パワーアンプ P-7100の左側の
メーターランプが切れてしまいメーカーに出張修理を依頼しました。

修理は無事に済みました(左右のメーターランプの基盤を改良型へ交換)。

しかし、何しろ50kg近い重さのアンプです。修理する方も大変ですが、頼む方も大変です。

P-7100のメーターランプは6個だか8個の小さなランプが直列に接続されていて、しかもランプ用
の専用基盤(+保護回路基盤)を交換するという修理でした。

「たかがランプの交換というなかれ」です。フロントアクセスでランプだけ交換出来ればどんなにか
楽だろうかと思いました。

機器の設計というかデザイン上、商品性を高めるという目的でそうすることになったのでしょうが、
これ程複雑で手間が掛かるとなると(=コストが掛かる)、オーソドックスな部品で機器を設計する
方がよかったのかもしれない。この辺は判断がつきかねます。

ランプの寿命は数千時間とのことで、使用開始後、約2年半フル稼働しましたので、寿命だろう
と思われます。

しかし、いずれほかの部品、特にコンデンサーは確実に寿命がきます。

その時、ドースルのか? 今から考えておかないといけません。しかし・・・その時になって慌てる
ことになりそうです(苦笑)。
 

100530 富士通パソコンFMV L20C(2003年)電源ユニットの修理顛末
このPCはディスプレイと本体が一体になった形状、特殊なPCです。同類項としてはNECの
シンプレム(Simplem: 2000年)があります。
共に省スペースがうたい文句、デザイン性も高かったと思います。しかし、勿論、今のノート型より
ははるかに重く大型です。

このPCを2台使用しているパートナー企業があり、そのうちの1台に「電源が入り難い、入ったと
思うとすぐ切れる」という現象が出ました。

最初は電源ケーブルの断線を疑いましたが、どうもそうではなさそうです。ネットで調べると、この
型にはよくある電源ユニットの故障(=コンデンサーの容量抜け)らしいと見当をつけました。

コンデンサーの容量抜け? コンデンサーの頭が膨らむそうです。
こちらにはピンときません。しかし何しろ旧い機種で、メーカーの修理を依頼しても費用も手間も
掛かりそうなので、とりあえず分解してやれるところまでやってみようと作業を始めました。

まず、後面のプラスチックカバーを外し、次にサイドカバーを外します(各々ネジは1本)。

次に、後面の金属板を外します。ネジ2本を外した後、後面へ向かって左側へ金属板をずらすと
外れます。次いで、水平の金属板(ネジ2本)を外します。

この後、後面へ向かって右側の、電源ユニットをシャーシへ取り付けているネジ4本を外します。
これで電源ユニットを引き出すことが出来るようになります。

この電源ユニットは直方体ではなく、1段の階段状です。これの天板を外し、低い方の段というか
階段の踏板+蹴上に相当する金属板を内部のトランスごと外すと、一番下のメインのプリント基板
に装着されている部品の様子が分かります。
なお、上部の小さなプリント基板はネジ2本で留まっているので、これも外しておきます。

メインのプリント基板は対角線上で3箇所(?)、ネジ留めとなっています。これを外してメインの
基盤を、各種接続線をそのままにして外します。ファンとメイン基盤をつなぐ線はコネクターの爪
を押しながら外してください。多少強引にやっても大丈夫です。

これは「立体パズル」さながらの困難な作業となります。

電源コードを差し込むプラグはそのままでいいのですが、とてもそうは思えない(笑)。

電源ユニットから出て行く出力線の束をシャーシに留めているバンドはニッパーで切ってしまって
ください。

さて、メイン基盤です。部分的に部品どうしをガムのようなもので固定してあるはずですが、
これは(邪魔なところは)外します。

頭が膨れているコンデンサーの頭に自分が分かり易いように細いマジックで番号を書き込みます。
この番号は大切で、というのは交換すべきコンデンサーには「+」と「−」の極性があり、番号の
方向性でそれを確認することが出来ます。
ダメになったコンデンサーを外すと、プリント基板に「+」「−」が記載されていますが、念の為です。

なお、気を付けていただきたいのは「1(イチ)」で、これは上と下の区別がつくようにしておかないと
いけません。

なお、コンデンサーの頭部には「K」とか「*」のような刻み目が入っています。これは容量が抜け
た場合にコンデンサーの頭部が膨らみ易くなるための仕掛けだと思われます。

今回、交換した方がよさそうなコンデンサーは6個です:

No.1: 6.3V 1000μF   No.2: 10V 1000μF   No.3: 16V 1000μF

No.4: 25V   470μF   No.5: 10V 2200μF   No.6: 10V 1000μF

コンデンサーはさいたま市見沼区東大宮の(株)埼玉パーツセンターで購入、6個500円でした。

http://www.spcweb.co.jp

新品のコンデンサーは足の長い方が「+」、短い方が「−」だそうです。

旧いコンデンサーを外す為、新しいコンデンサーを付ける為の半田ごては、今回30Wではなく、
60Wを使用しました。部品に悪影響を与えないよう作業を手早くやる為です。

コンデンサー本体はプリント基板の表側、足は裏側ですので、一体どれが「その足」なのか判り
難い。慎重に見定めてマジックで「その足」の周りにマークをしておきます。

旧いコンデンサーを外す場合、一人ではなく二人掛りの方が楽だと思います。

新しいコンデンサーの足を入れる為には、旧いコンデンサーを外した跡に、ちゃんと丸くて小さい
穴が開いていないといけません。
半田ごてで半田を溶かしながら爪楊枝の先を挿して「穴」を開けておきます。

旧いコンデンサーを外して、新しいコンデンサーの足が入る穴がちゃんと開けられれば、「山」は
越えたということになります。

旧いコンデンサーを外すより、新しいコンデンサーを取り付ける方がはるかに楽です(笑)。
極性を間違えないように、穴に足を挿して半田で留め、余分な足をニッパーでチョン切ります。

ここで注意しなければならない事: 半田の付け過ぎです。最小限の半田量で固定するように
すべきです。
プリント基板で半田が付いてはいけないところに半田が付くと回路がおかしくなると思われます。

念の為、デジタルテスターの抵抗測定ポジションで各々のコンデンサーの足の間がショートして
いないか確認します。最初は抵抗値ゼロ、少し時間が経って抵抗値が出るようならOKです。

これで電源ユニットを組み上げますが、その前に放熱ファン、上部の小さな基盤の清掃をしておき
ます。

また、HDDユニットへ行っている白いコネクターの再接続を忘れないようにします。ただし黒い
コネクター「CN5」「CN6」は元々遊んでいたものなので、そのままにしておきます。

さて、ネット情報によりますと、これで目出度くPCは復活するのですが、今回はそう甘くはありま
せん!!!

電源コードを接続すると、一瞬ファンが回り、「ビー・・・ビー・・・ビー・・・」とBIOSレベルでビープ音
が出てディスプレイには何も表示されません、ゲロゲロ。

念の為に、今回コンデンサーを交換した電源ユニットと何とか無事に稼働中の同じ型のPCの
電源ユニットの線間電圧を測定しました: 「新」が修理品、「旧」が稼働中。いずれも4端子です。

  HDDへ向かう白いコネクター:

    新  赤−(5.08V)−黒−(0V)−黒−(-11.90V)−黄
    旧  赤−(5.08V)−黒−(0V)−黒−(-11.83V)−黄

  CN5( = CN6 ?):

    新  紫−(4.99V)−黒−(0V)−黒−(-10.35V)−白
    旧  紫−(5.02V)−黒−(0V)−黒−(-  8.00V)−白

一箇所を除いて概ねOKです。

もう長くなるので途中をはしょりますが(もう既に「長い」?)、結局、ディスプレイ後部の大きな
一体成型プラスチックカバーを外して(ネジが4本)、その内側の金属パネルを外します(ネジが
10本位あります!)。
ホコリを掃除機で丹念に除去、メモリ基盤も一度抜いて接点を乾いた綿棒で清掃してようやく
「復活」に漕ぎ着けました。

幸い、同じ型のPCが正常に動いていたので、コンデンサーを交換した電源ユニットは正常に動作
していると見当がついた次第です。

24万円もしたPCを、不調だからといって左から右へ処分しなくて良かったと思いました。


後記1:この機種のクリーンインストールはわりに簡単です。しかし、XPとかOfficeを最新の状態
     にして、必要なソフトをきちんとインストールするためには少なくとも10時間は掛かります。

後記2:正常に動いていた同じ型のPCも電源ユニットのコンデンサーを交換しました。
     こちらは3個のコンデンサー交換でした。
     しかし、背面の大きなプラスチックカバーを外すとき、(後ろから見て)左側のディスプレイ
     の明るさを調整する小さなボリュームを壊しました。
     ボリューム円盤自体は瞬間接着剤で取り付けましたが、ディスプレイが真っ暗!
     (4ピンのうち)一番上のピンとその下のピンを半田で接着して一応実用になる画面となり
     ました(苦笑)。
     しかも、ソフトのインストール&アップデートの最中にPCの電源が落ちました!
     作業を急いだあまり、電源ユニットの放熱ファンの線の接続をし忘れました。そのせいで
     電源ユニットが大変熱くなっており、中のコンデンサーもあちこち膨れていました。
     万事休すということで、このPCの復旧は断念、大変申し訳ない結果となりました。
 

100609 新製品アキュフェーズC-3800(コントロールアンプ)のカタログ

オーディオ製品の購入でいつもお世話になっている秋葉原オーディオ、

http://www.akihabaraaudio.co.jp/

ここから何やら厚手の封筒が届きました。中には7月までの決算ビッグセールの案内と7月に
発売されるC-3800のカタログが入っていました。

C-3800のカタログは、当社がメインシステムで使用しているC-2800のカタログより立派です。
A4サイズで前者は三つ折、後者は見開きです。

増えた2頁分には”伝統の技と美”というタイトルでC-3800の正面写真がドーンと載っています。
カタログに力(チカラ)が入っているし、メーカーの自信も感じられます。

C-3800の音は聴いていませんが、カタログを観るだけでも、C-2810との違い、たぶん音質も向上
しただろうという事が分かります。

さて、C-3800とC-2810の製品企画(考え方)の違いです:

C-2810ではLPレコードの再生をするための専用イコライザーユニット(税抜 \200,000)を装着する
ための仕掛けがありました。
C-3800にはそれがありません。その関係で、C-3800では「ADゲイン切替スイッチ」「MCインピー
ダンス切替ボタン」が省かれています。

また、C-2810では(テープデッキなどの)レコーダ入出力がアンバランスで2系統ありましたが、
C-3800では1系統に減っています。

その代わり、C-3800では、入力系統がアンバランスで1系統(LINE(AD))、バランスで2系統(BAL
(AD)、BAL2)増えています。

つまり、音楽ソースに関する対応の仕方がが変化しています。C-2810は少し「昔」を引き継いで
いましたが、C-3800はそれと「決別」した印象がします。

あとは、内部のレイアウトの違いです。C-2810では手前側と奥側が対称形に近い配置となって
いましたが、C-3800では回路的に左右チャンネルの完全バランス構成を実現したため、見た目
の構成も美しい位の左右対称となっています。まるでパワーアンプのようです(笑)。

また、C-3800の天板には左右のプリント基板群(ユニット・アンプAssy)上に通風スリットが設置
されています。
C-2810の消費電力は43W、一方のC-3800は55Wですが、C-2810では筐体に全く通風スリット
が無く、周囲の環境温度によってはフロントパネル、特にAAVAボリュームがかなり熱くなります
ので、機器の寿命上もこれは安心・安全でいいと思いました。ただしホコリは入りますね(苦笑)。

なお、C-3800とC-2810のサイズは全く同じです。すなわち、W 477×H 156×D 412となります。

では、当社のC-2810をC-3800に交代させるべきでしょうか?

結論から言えば、システム構成上はあまり効果的ではないだろうということになります。

おそらく、C-3800は、アキュフェーズのパワーアンプでいいますと、M-6000(モノアンプ)×2とか
A−65(A級動作の新製品)と組み合わせるべきだろうと思われます。

当社のシステムのようにパワーアンプがP-7100ですと、同年代に開発されたC-2810の方がいい
のではないかと考えています。

それにしても見事なコントロールアンプが出来たものだと感心しました。
 

100712 小音量再生のお勧め

まず、部屋のS/N比が悪いと小音量再生は出来ません、というか聴こえません。
これで部屋のS/N比のチェックが出来ます。

次に、オーディオシステムも、ケーブル類も含めて普通の価格でも、或る程度以上のシステム
なりますと、小音量で音楽が楽しめるようになります。
感覚的な表現になりますが、「音が静かだな」という印象です。

システムを構成する機器の特性にもよりますが、例えば当社のメイン・システム(「施設紹介」を
ご参照下さい)の場合、相当なパワーを入れても音は静かです。
さらにハイパワーを入れてやると建具が振動し始めます。こうなると聴いているのが辛くなります。

オーディオ・マニアの方の中には大音量派がいらっしゃいますが、たまには小音量で音楽再生を
されては如何でしょうか?

常に音の風圧を感じるような状況は現実には少ないと思います。
 

100719 「カイゼン」可能なオーディオ・システムとは?

ここでは、至極ふつうの住宅の居室を想定します。

お好きなジャンルの音楽を聴いて、身体が自然にスイングするような状態、これをミュージシャン
によっては「グルーブ」と表現するようですが、これを目指します。
最初からこれは難しいかもしれません。

まず、部屋のサイズに合わせてスピーカーのサイズを大体決め、機種を選択します。
6畳なら小型ブックシェルフで十分です。オーディオ評論家の方々の間で定評があるものを選ぶ
と無難です。何故小型ブックシェルフなのか?理由は簡単で、位置の変更が容易だからです。

出来れば、そのスピーカーの専用スタンドとセットの方がいいと思います。

小型ブックシェルフ+専用スタンドの代わりに(同じ機種系列で)トールボーイ(タイプ)を選択する
ことも有力な手段です。
専用スタンドは2本で5万円前後しますので、この費用+αでトールボーイが入手可能になること
があると思います。低域の再生能力はトールボーイの方がやはり有利です。

スピーカーについてはバイワイヤリング対応をお勧めします。シングルワイヤリングのスピーカー
の場合、「カイゼン」の余地、自由度が少なくなるからです。

ここで重要なことがあります。

通常は、オーディオ・システムは1セットあれば「よし」としますが、このシステム・コンセプトでは
最終形は(プリメイン)アンプ+スピーカーが2セットとなります。
なお、音楽ソース(各種)は1セットで構いません。

その理由ですが、様々な面での「音のチェック」は、2セットの音の出口がある方が簡単で分かり
易いからです。
2セットの音の出口を、随時どちらかを基準音として比較することが可能なので、判断の迷いが
少なくなります。
これが、1セットしかないと、システムの何かを変更した場合、「変更→戻す」「変更→戻す」という
確認作業を繰り返さなければなりません。

スピーカーがバイワイヤリング対応ならば、プリメイン・アンプはスピーカー出力が2系統あるもの
を選択します(通常はA系統、B系統、A+B系統)。
系統については切替が出来なくても構いません。

最初から2セットのプリメイン・アンプ+スピーカーを用意することは大変かもしれません。
その場合は、T期、U期に分けて計画されればよいと思います。

この場合、スピーカーのタイプ・メーカー、プリメイン・アンプのメーカーは異なっても全く問題は
無いと思います。

いずれにしても、「使い回し」、つまりそのシステムの後々での利用についても念頭に置かれると
よいと思います。

蛇足かもしれませんが、特にスピーカー、更にはプリメイン・アンプのルックスには是非こだわって
いただきたいと存じます。意外に、これが後で効いてきます。

さて、部屋にスピーカーをセッティングする場合、部屋の中心軸と左右のスピーカーの中心軸は
思い切りずらして下さい。激しくずらしていただいて結構です。

スピーカーの位置が決まると、自ずから機器の置き場所も決まってきます。

オーディオラックについては、当面高価なものでなくてもよいと思います。
丈夫で安くて普通の木製ラックであれば、当社でも製作手配はさせていただきます。

電源系ですが、取り敢えず、壁コンセントを3Pに換えていただければと思います。
2Pのコンセント+2Pのプラグの場合、とにかく差込が物理的に安定しません。

これで舞台が出来ました。

あとは、様々な可能性を試していただくことが出来ます。
何よりスピーカーのポジション、次いでコード類、インシュレーターなどなど。

余談ですが、オーディオ製品については、新製品の方がその部屋の音響にプラスになるとは
限りません。
スペック上は新製品の方が良さそうですが、他の要素、特に部屋とのマッチングが良ければ旧型
でも十分通用します。
あまりに旧い名機の場合は維持・管理上どうかと思いますが、当社の場合、DENON PMA-2000W
はデザイン上も音質上も最新のPMA 2000SEと同格以上の存在です。

 

100723 オーケストラのバイオリンは何故人数が多いのか?

オーケストラのバイオリンは何であのように人数が多いのでしようか?
しかも第1と第2があります。

それはそういうものなのだと気に留めることも無かったのですが、人数が増えることによって
具体的にどの位音圧が上がるのか計算してみようと思い立ちました。

前提条件1 バイオリンの最大音圧は(1m離れたところで)90dB
前提条件2 オーケストラの構成により変化するが、第1バイオリン16人、第2バイオリン14人

基本的な計算式は:

合成音圧 L=10log10(ΣPi**2/Po**2)=10log10(Σ10**(Li/10))     注)**はベキ乗です

簡単な検討ですので、バイオリンの最大音圧は90dB、人数はn人とします。

バイオリン軍団の合成音圧は、

10log10(n×10**9)=90dB+10 10log10(n)dB

n=14の場合、 90+11.5=101.5dB
n=16の場合、 90+12.0=102.0dB
n=30の場合、 90+14.8=104.8dB

オーケストラのフォルテッシモの音圧は客席前方で109dB程度と測定されています。
なお、指揮者に近寄ると110dB。

現実にはあり得ないことですが、試みに、80人の楽団員からなるオーケストラが、それぞれの
楽器で90dBの音を一斉に出したとします。すると、

n=80の場合、 90+19.0=109dB

となります。

バイオリンの人数が多い理由は、オーケストラの中で、バイオリンの音が埋もれてしまわないため
だということが分かります。成程!という結果でした。

 

100809 オーディオ雑誌「STEREO」2010年7月号の付録SPユニット・キットを組立ました
 

65mmのスピーカーですから、何しろ小さい!

しかし、同号に掲載されている「3種のエンクロージュア方式を製作 どれもびっくりの音で満足」
(小澤隆久)によれば、

そのうちの「ダブルバスレフ型スピーカー(奏=カナデ)」、160mmD×285mmH×210mmDは、
3400Hzでやや音圧の落ち込みがあるものの、70Hzまでは立派な実用範囲、これはたいしたもの
です!

スピーカーをドライブする手頃なアンプと設置場所がないのですが、この音は聴いてみたいと思い
ました。

 

101011 サラブレッドの疾走音(浦和競馬場

「各馬、第4コーナーを回って」地響きがあると思いきや、馬たちは風のように目の前を通り過ぎて
行きました。速い!

実はスタートの時もそうでした、走り始めでも足音は軽いものです。

浦和競馬場はダートだからということでもなさそうです。

NHKドラマ「チャンス」では、「馬は風の生まれ変わりだ」という(草原の民)モンゴル人の言葉が
紹介されていましたから。

想像したよりサラブレッドは小柄でした。しかし馬体重は470kg前後。

これは現行のスタインウェイのピアノに例えますと、最上級のコンサートグランドピアノD−274
(長さ274cm、重量は約480kg)に匹敵します。

上質なアップライトピアノの重量が240kg位ですから、これは大変重いということです。

470kgの馬が騎手を乗せて、ゲートが開くやいなやトップスピードにいこうというのですから、馬の
脚に掛かる負担は大変なものだろうと思われます。

ちなみにグランドピアノは3本脚です。

下の写真は今日の第1レースで勝った馬番7の「ゴールドサファイア(478kg)」です。

 
 

101027 「長崎は今日も雨だった」にまつわる話し

BS朝日が「歌の旅人」という番組を放映しています。

たまたま10月26日(火)22:00-22:54にこの番組に出くわしました。

この曲はいきなり出来上がったわけではなく、まず現在の曲とは似ても似つかぬオリジナルが
あり、これが改作され、更に改作されて今の形になったそうです。

目出度く、日本ビクターでレコーディングすることになり、内山田洋とクールファイブ+前川清は
夜行列車で上京します。
レコーディング・プロデューサーは怖いと評判の人で半音外したらもうダメ。前川清によれば
”特攻隊”のような気持ちでスタジオに入ったそうです。
そのプロデューサーがバンドの歌唱力に納得し、レコードが出来上がったのはいいけれど、何し
ろ売れません。
ところが、突然ナベプロから「うちへ来ないか」との誘いがあり、承諾した翌日にはもうTVに出演し
ていたそうです。これは1969年のことです。レコードは売れ出しました。
前川清いわく「実力じゃないんです」。

さて、この顛末の背景には源平合戦ならぬ長崎のキャバレー合戦があったから面白いのです。

ラテン、ジャズもこなす内山田洋とクールファイブ(前川清自身は何とプレスリーです)が専属
バンドを勤めていたのが「銀馬車」、対する「12番館」には「思案橋ブルース」で先行した「コロラ
ティーノ」がいました。
焦る銀馬車は強力にクールファイブの後押しをします。
元ホステスの証言ですが、当時170人近くいたホステス全員に一人あたり100枚のレコードが
割り当てられたそうです。
さすがにお客さんからお金をとるわけにもいかなかったでしょうから、ホステス達はただでレコード
を配ったに違いありません。

銀馬車では大得意の三菱のお客さんが来るたびにバンドが「軍艦マーチ」を演奏したそうで、これ
も想像すると何だか可笑しい光景です。みな一生懸命だけど何か滑稽な状況です。

ちなみに、当時のバンドマンによれば、明けても暮れても(演歌ではなく)ジャズばかり演奏してい
たそうです。

 

101104 音楽CDのアップコンバート・アップサンプリング

元々の音楽データが(WAVファイル)24bit/48kHz、96kHz、192kHzの場合、これをそのままDD
コンバータ経由でこれらのフォーマットを受けられるDACへ入れてやればよいだけです。

通常の音楽CDを手軽にアップコンバート・アップサンプリングしてDACへ入れられないものか
考えてみました。

この際、音質云々はさておくことにします。いっそアナログレコードの世界に戻ればいいじゃない
かという話しになりかねません。

まず、CDをパソコンで再生して(勿論いったんHDDにリッピングしてもいいのですが)、それを適切
なソフトでアップコンバート・アップサンプリング、DDコンバータ経由でCDPのDAC部などへ送ると
いう手段が思い浮かびます。

しかし、出来ることなら音楽CDを再生するたびに、いちいちパソコンの操作はしたくないというのが
本音です。
何とかハード的な仕掛けだけで、自動的にアップコンバート・アップサンプリングが出来ないもので
しょうか。

それが、何と現在当社が使用中の機器にあったのです!正に「灯台下暗し」でした。

数ヶ月前に、サブ2、サブ3のCDPをDENONのDCD-1650AEからDCD-1650SEに入れ替えました
が、このAEとSEには大きな違いがありました。

最も大きな違いは、SEではDAC部が独立して使用出来るようになったこと、次にAEではアップ
コンバートが16bit→24bitでしたが、SEでは32bitとなり、アップサンプリングは44.1kHz→176.4kHz
となりました(メーカーに確認済み)。

お手軽過ぎるかもしれませんが、これは便利でいいですね。

そういえば、SEに換えた時点で、少し音が滑らかになったような印象がありました。

手間を掛けてもPC&ソフトで頑張るか、手間を省いてハードに投資するか、これは人によって
判断が分かれるところです。

 

101111 夢の音楽CD研磨器のアイデア概要


アイデアの背景


1 音楽CDについては、そのフォーマット(16bit/44.1kHz)も含めて、音楽メディアとし
  て今後も主流であり続けます。

  −20101021日(木)に公開されたTEPORE(東電)の「音楽を聴いています
   か?」(有効回答数約6万人)のアンケート結果によれば、音楽の入手法としては
   「CDを購入する」がダントツの61.6%です。
   ちなみに2位は「レンタルショップでCDを借りる」の39.9%、「インターネット
   で音楽配信サービスから有料で音楽をダウンロードする」は意外に少なく、10.9%
   でした。

  −音楽CDのフォーマットより上位の、例えば24bit/192kHzというフォーマットも
   ありますが、データ量がCD規格の約6.5倍になることもあり、一部のマニアを
   除いて普及することはないと考えられます。

  −日本に限っても既に存在する音楽CDの数は数十億枚? 当然今後も末永く文化財
   として残ることになります。

2 従って、音楽CDをきれいに再生する手段が重要になります。

  −音楽CDの仕組みには強力な誤り訂正機能が含まれていますが、ディスク側に求め
   られる基本的な性能・条件はレーザー光が当たる面が平滑で傷が無いことです。

  −ところが、通常の音楽CDに使用されている素材(ポリカーボネート)は比較的
   柔らかく傷が付き易いのです。
   特に円周方向に入った傷は、強力な誤り訂正機能をもってしてもカバーしきれず、
   音飛びや再生停止の原因となります。

3 市販のCD研磨剤・研磨手段にはこれというものがありません。
   研磨後、細かい傷が残ってしまうケースが多いのです。


望まれる、あらまほしき音楽CD研磨器の条件

1 オーディオの道具としてデザインが良いこと、美しいこと。

2 研磨器としての機能性が高く、しかしシンプルなこと(当然“手動”)。
  願わくは新品のCDを研磨出来る性能がほしいところです。

3 研磨作業を楽しめること。

研磨器のイメージは、音楽CDをロクロのような回転台に載せ、これを(通常)左手で
回しながら、右手で研磨部を円周と直角方向に適切なガイドレールもしくはガイドアーム
に沿って往復させるものになります。
研磨部のサイズは数センチ×数センチとなります。
研磨パッドについては、これを容易に交換出来ることが必要です。
これらの仕掛けについては、全体として適切な研磨圧力をかけられるものでなくてはなり
ません。ウェイトを使って荷重を印加することも考えられます。

4 CD研磨器の市販価格

   特に根拠はありませんが、1万円程度を想定します。
   趣味の世界の道具としては安いとも言えますし、単なる道具とすれば高いとも言え
      ます。
  ちなみに、CD(記録面)の消磁器は数万円程度、静電気除去マットは1万円弱で
    す。

  また、外部に研磨を依頼すると
300/枚程度の費用が掛かります。

 

101112 マイルス・デイビス珠玉のCDアルバム

11月5日付の[TOWER RECORDS ONLINE]オススメ情報[JAZZ]で、(心憎いですねえ)、
[あなたにピッタリのオススメ情報!]が次のアルバムを(買うべしと?)紹介していました:


『Perfect Way : The Anthology - The Warner Bros. Years 1985 - 1991』
◆Miles Davis CD、1628円 発売中

晩年のワーナー期作品を網羅した2枚組アンソロジーが登場

オフィシャルには未発表だった、1986年ニースでのライブ録音3曲(ヒューマン・ネイチャー他)と、
ジェフ・ローバーらが参加したスタジオ録音2曲を収録


「アンソロジー」(詩文集)なんて本当に懐かしい言葉の響きです。

たまたま、「NEFERTITI」(1967年 COLUMBIA)は受け入れられると感じていたからでしょうか。

ここ何年も、毎朝毎朝、「Kind Of Blue」(1969年 COLUMBIA)を聴いていましたので、別に
不思議ではありませんが、「NEFERTITI」が橋渡しとなりました。

ようやく、後期のマイルスと付き合って、マイルスを分かることが出来るような気持ちになりました。
おこがましいですが、このアルバムはそれを実感させてくれます。

心に響くといえば、1枚目のCDの12曲目「YOU WON'T FORGET ME」(Shirley Horn)

  You want to forget me
  ・・・
  The shadow of my kiss
  ・・・
  No matter where you are
  ・・・
  You think of me

グレアム・グリーンの「Our Man In Havana」を想いだします。セピア色の世界です。

 

101123 落ち葉拾いの効用

この時機ですから、紅葉をご覧になるため、旅をされる方も大勢いらっしゃるかと思います。

また「紅葉狩り」という言葉もありますね。

景色としての山々の紅葉を楽しむことも結構ですが、身近な落ち葉でも穏やかで愉しい気持ちに
なれます。

気に入った落ち葉を拾って写真の題材にしては如何でしょうか。

落ち葉は押し葉にしようとしても色が変化してしまいますので、写真を撮った後は土に返して
あげればいいと思います。

今年の猛暑の間も頑張って樹を支えた葉っぱたちが、最後に華やかに私たちの眼を楽しませて
くれます。

 

 110102 音がキレイ過ぎても・・・

オーディオの世界では”歪が無い、濁りが少ない”ことを「良し」とします。
「ちょっと歪が残っていい味だね」などというオーディオ評論家は一人もいません。

しかし、これはちょっと違うのではないかと改めて感じたきっかけがありました。

アナログディスク再生サービスを開始するために、機材とレコード少々を揃えて試し聴きをしていた
ときのことです。

レコードは”JAZZ SAMBA ENCORE ! STAN GETZ / LUIZ BONFA with Maria Toledo”(VERVE)
です。

ortofon (Windfeld)の針1本がここまで音の空間を表現することに驚きましたが、あまりに音が
ピュア過ぎて気分が悪くなりました。数日間はレコードを聴かなかったほどです。

元々、アキュフェーズの製品は正確な表現をモットーとしていますので、音源がこうだとそうなる
のだろうと思われます。

実は以前から気になっていたことがありました。当社のメインシステムは全体として音がキレイ
過ぎるのです。
この上、更に、低域にピークがある部屋の音響特性を補正するイコライザー(アキュフェーズの
DG-48)を使用すると、ますます音はキレイになります。

改めて考えてみますと、そもそもジャズは騒音と歪だらけの酒場の中で、それに負けまいと演奏
していたわけですから、違和感があっても当然かもしれません。

ジャズに限りません、私たちは常に大小様々な騒音の中で音を聴いています。

歪だらけで音をよく聴き取れないことはいけませんが、あまりに歪が少ない音の世界は気持ちが
悪い。

少し音に歪とか歪曲が残っているオーディオシステムの方が自然じゃないかと思いました。
気楽に音楽を楽しめるからです。

遮音についても同じことがいえるかもしれません。徹底的に厳しい遮音をするより、「程々」にして
おいた方がよろしいのではないでしょうか。

 

 110110 アナログディスク再生の意義

ついついアナログディスクと音楽CDのどちらが音がよいか?という観方で両者を比較したくなり
ます。

しかし、当社のメインシステムの場合、例えばMiles Davisの"WORKIN' WITH THE MILES DAVIS
QUINTET"(1956)では両者の区別はつきません。

アナログディスクもCDも、特に高音質盤ではなく、ごくありきたりなUS盤です。

音の良し悪しだけに着目すれば、どちらでも構わないといえます。
(ただし、測定すると、アナログディスクの方が16kHz以上の高域側は出ています)

改めてアナログディスクを再生する意味を考えてみました。

おそらく、それは1956年というCDフォーマットが存在しなかった時代、皆が当然前提条件として
いたLPで当時の音楽を同じように聴くことにあるのではないでしょうか。

更に付け加えれば、最新のオーディオ機器ではなく、当時使用されていた機材を使うことにも意味
がありそうです。

この点は横須賀の三上剛志氏(お医者さん)のサイトをご覧いただければと思います:

http://www.gokudo.co.jp/ 

ウェスタン・エレクトリック(WE)などビンテージ・オーディオの数々、しかも現役で稼動していることが
凄い、しかしメンテナンスなど大変なご苦労もあるようです。

LPのジャケットを縮小したCDのジャケットを眺めると、CDは便利だし音質に不満はないけれど、
やはり代替手段だと思わざるをえません。

同じことになりますが、最新のデジタル技術で制作される音楽をアナログディスクで聴くことには
あまり意味がないと思います。

もっとも、最初からアナログテープで録音し、編集し、それをアナログディスクにするという制作の
流れであれば、それはそれで今でも意義があるはずですが・・・。

 

 110117 ストラディバリウスのニス

本日、2011年1月17日(月)12:00〜13:00、NHK-Hiの「遠くにありて にっぽん人」シリーズは
「ストラディバリを越えるために〜松下敏幸」でした。

松下さんはイタリア・クレモナ在住の弦楽器製作者です。

昨年?のパリの製作コンクールにヴィオラとバイオリンを出品され、日本人としては初めて入賞
しました。ヴィオラが第2位、バイオリンは特別賞(演奏家が一致して”一番良い音”だと評価)。

その松下さんが、ストラディバリウスのニスには、ほぼ間違いなく「アリザニン」が入っているという
発見をされるわけです。

バイオリンのニスは10回以上塗り重ねられ、勿論バイオリン本体を保護しますが、当然バイオリン
の音の響きに多大な影響を及ぼすはずです。

オーディオの世界でも、最近、評論家の福田雅光さんが、パネコート(片面が黄色のウレタン塗装)
を用いたオーディオ・ボードの製作を記事にされています。

また、岡山好直先生も「ピアノレッスン室のつくり方」で、

「壁紙の代わりに布(クロス)を貼るというテもある。但し、布には吸音性があり、しかもその吸音が
高音域に偏っているので、布をヤミクモに張ると、ピアノの音が輝きと明快さを失ってしまう。」

と指摘されています。

もっとも、日本建築学会の「音響材料の特性と選定」によれば、

「石こうボード厚12mmの表面に布クロスを張った影響を図4.5.6に示す(4000Hzで残響室法吸音率
は0.13程度)。このようにクロス張り程度ではほとんど吸音性能は変化していない。」

となっています。

本資料によれば、4000Hzの吸音率が0.5以上になるのはパイルカーペット、0.8以上になるのは
厚手のヒダ付カーテンです。

いずれにしても、部屋の音響特性を考える場合、床面、天井面、壁面の表面仕上げは重要な要素
となります。
特に壁面については、高域側の音をうまく反射させるための工夫が必要だと思います。

 

 110211 「フィルムカメラvsデジカメ」と「アナログディスクvs音楽CD」のアナロジー
 
フィルムカメラとデジカメの関係は、アナログディスクと音楽CDの関係に似ています。

フィルムカメラ、例えば最も一般的な35mm版カメラの場合、フィルムを現像し写真にする場合、
サービスサイズやキャビネサイズに拡大することが普通です。間違ってもネガを縮小して写真に
することはありません。

しかし、デジカメ写真の場合はどうでしょう。写真のサイズをあらかじめ設定しておいて、これを
縮小して利用することが多いのではないでしょうか。デジカメ写真を拡大して利用することは
まずありません。

フィルムの場合、画素が非常に小さいので拡大が可能ですが、デジカメ写真の場合は写真を
拡大するとモザイク状になり、写真としては意味の無いものになってしまいます。

オーディオの世界では、写真を拡大する操作に相当することは「音量を上げる」ことになります。
音楽の細かいディテール、ニュアンスを聴き取るためには音量を上げる必要があります。

アナログディスクと音楽CDでは、このようにして見えてくる音楽の風景の細かさに微妙な違いが
あります。

音楽CDの場合、音量を上げれば上げるほど細かいディテールが見えてくるかというと、そうでは
ないように感じます。
別の言い方をすると、音楽CDの場合は音量を上げようとする気持ちにはそれ程ならないのでは
ないでしょうか。

これに比べると、状態の良いアナログディスクであれば、音量を上げることは気持ちがよい。
勿論システム上の限界はありますが、音量を上げればより音楽に浸ることが出来ます。

以上が首題の「アナロジー」です。

本格的に音楽を聴くのであれば、アナログディスクはお勧めです。

しかし、だからといって音楽CDの有用性は否定出来ません。音楽と程々の付き合いをするので
あれば、これ程便利なものはありません。
デジタルベースですから、デジカメ写真と同じで、パソコンの世界との融合も簡単です。

 

 110212 人間を超えるか? 歌声合成ソフトの秘密

いやー、本当に驚いてしまいました。

表題は2011年2月11日(金)にNHK-Eで放送された「サイエンス・ゼロ」の番組タイトルです。

まず、歌声合成ソフトで実際に音楽CDが制作され、しかもそれがヒットチャートの上位に入って
いることに衝撃を受けました。

次に、歌声合成ソフトの進化しつつある能力に驚きました。

歌声合成ソフトのサンプル音源(大体500位)として、亡くなった歌手の声を使いますと(全ての
発音は不要)、その歌手の歌い方を真似て、その歌手が歌わなかった歌を歌わせる、あるいは
ある人の発音を音源としますと、その人が話していないことを、あたかもその人が話しているよう
に話すことが可能です。

今のところ、歌声合成ソフトは人間の歌手の歌い方を真似ていますが(「プレパレーション」、
「オーバーシュート」、「ビブラート」)、人間の歌手では物理的に歌えないような歌い方は可能、
音源を加工すれば人の声とは思えない声で歌うことも可能かと思われます。

著作権はどうするのか?という問題もあるようですが、
そもそも、こうした音楽作品をわざわざオーディ・オシステムで聴くことに一体どのような意味が
あるのか、現時点では判りかねています。

 

 110306 潟激Nストの「レゾナンス・チップ・ワールド」を貼ってみました

モニター先行販売とのことで、8個+1個の税込価格が3,000円でした。
直径が10mm程度の青いメタリックボタンです。

レクストの西野さんの「リスニングオーディオ攻略本」は読んでいますし(大変オーソドックスな内容
です)、
2/17の「レクスト通信 Vol. 64」に「ブログ等で発表しました新製品”レゾナンス・チップ・
ワールド”がいよいよ発売です。私自身、この日をどれだけ待ち望んだことか(笑)」という記事が
ありました。

さて、これを一体何処に貼るのか?です。品物が到着してから1週間程考えました。

面振動の「節」ではなく「腹」の部分に貼ると良さそうなので、リットマンの聴診器で各機器の
フロントパネルや天板、側板の音振動をチェックしてみました。

こうした板振動はなかなか複雑な現象です。端部の拘束条件などが影響します。部屋の定在波
と同じような捉え方をすればいいかもしれません。

プリアンプですとボリュームそのもの、デジタルプレーヤーならトレイの下辺りが良さそうです。

しかし、機器の表面にレゾナンス・チップを貼ることはデザイナーに対して失礼かと思います。

そこで、機器の裏面、もしくは底板にチップを貼ることと致しました。レゾナンス・チップは裏方に
なってもらいます。

改めてリットマン聴診器で各機器のフロント面の音振動をチェックしてみました。
音振動が減少しているような印象を持った機器もありますが、振動の基本的な性格は同じだと
思われます。

肝心のサウンドですが、「より静かになったかな」という印象です。

しばらくサウンドを聴かないと分りません。小さくて軽いチップですが、活躍を期待しています。

 

 110307 音楽そのものが衰退している?

かつて、テレビが無い時代、つまりラジオが主要な音楽源だった時代、ヒット曲はラジオ放送から
生まれました。当時のミュージシャンにとってラジオの仕事はやりがいがあったはずです。

やがて従来のアコースティック楽器に電気楽器が加わり、音楽は多様化しました。

パソコンの登場後、DTM (Desk Top Music ) という手法も定着し、現在はほぼ完成形となりました。

このように「手法」は多様化しましたが、音楽そのもの、正確に言うと音楽の創り手が停滞して
しまったように思われます。

音楽を聴くということは、その音楽の創り手に出会うことに他なりません。

根本的な問題は、音楽の創り手の魅力が下がってしまったということなのではないでしょうか。

そうした現象は音楽界だけにとどまりません。映画界でも文筆業界でも絵画の世界でも同じような
現象がみられます。結果としてスーパーストリームの不在ということになります。

今の時代は殆どあらゆる分野で拡散の方向へ向かっていると思われます。
この波に乗れば安泰だというストリームが見当たりません。危険な時代だと言ってもいいと思い
ます。

このような状況では、昔の名演奏(アナログ・ディスクの世界)もひとつの選択肢となりうるでしょう。
また、自分で音楽や各種の音を録音してしまおうという流れもひとつの選択肢です。

今のデジタル・レコーダーは(昔では考えられない)すごい性能を持っています。
何しろ24bit/96kHzの世界です。

いずれにしても、音の再生については携帯プレーヤー(+MP3)の世界では納まりません。
こうなれば断じて大音量再生です。

 
 

 110317 「音楽が、お好きでしょ」

これは石川さゆりさんの「ウイスキーが、お好きでしょ」のもじりです。

計画停電に加え、先ほど「突然の首都圏大停電があり得る」という経産省アナウンスが流れまし
た。

被災地や原発の悲惨な映像を見ても、私共にとってはやり場のない悲しさを感じるだけです。

当地でも計画停電への対応は難しく、あれこれ問題があります。

何としでても、こちらの仕事と生活を「健全」な状態へもっていくことが、いずれ被災地の皆様の
お役に立つはずだと思っています。しかし計画停電のダメージは本当に大きい。

こういう場合は、パソコンもテレビもシャット・ダウンして音楽を聴いていては如何でしょうか。

アナログ・ディスク・プレーヤー、プリアンプ、メインアンプの消費電力の合計を調べてみました。
全部で200Wにも満たないし、暖房代わりにもいいのじゃないかと思いました。

テレビを消して頭の中のイメージを切り替えようじゃありませんか。

 

 110424 今回の大震災でいろいろ考えました
 
今回の大震災で、それぞれの方がそれぞれのお立場で、考え直されたことが沢山あるのでは
ないかと想像します。

当社の場合、まず名状し難いショックで凍りつきました。それを解きほぐす過程で考えたことが
以下の5編の文章となりました。

 110404  「今回の震災から明日の技術の在り方を考えます」
 110404  「オーディオ機器用『地震オッケー』」
 110404  「お金ではうまく表現されない価値」
 110406  「震災と音楽」
 110409  「科学技術立国日本に再挑戦」
 110423  「生活の器としての住宅を大切にしませんか」
 

 110803 文科系と理工系の違い!

最近は特にそう思うのですが、文科系と理工系の違いは思いの他大きいと。
大袈裟に言えば人としての生き方が大きく違います。

そもそも文科系の人々は、人間社会の中で生きていくことを前提とし、またその覚悟や諦めが
あるように見えます。根本的には人間社会が嫌いではないようです。

これに比べると理工系の人々は、人間関係がどちらかといえば苦手、この不条理な社会よりは
科学的真実の方に重きを置いているように見えます。

ところが、どちらの人々も年を重ねて管理的な仕事をせざるをえなくなると、いやそうでなくとも
生活者としての観点からすれば、科学技術については苦手だとか人間関係は苦手だとか言って
いられなくなります。

しかし、苦手だと避けてきた分野に短時間で通じることは容易ではありません。

人間関係を築くためには時間が掛かりますし、これを維持する努力も必要です。
一方、科学技術の根本を理解することは、これまた容易ではありません。「賽の河原の石積」の
ような地道な努力が必要、好きじゃなきゃやってられないところがあります。

また、文科系にしても理工系にしても専門化・細分化が著しく進んでいますので、専門分野が
違えば話しが通じないことが多いでしょう。

それでも相手が文科系か理工系かを意識することは、有用なコミュニケーションを行うためには
役立つのではないでしょうか。

 
 

 110808 物事の本質は「関係」が主役?!

ややもすると、物を主体にして物事を考えがちですが、目には見えない「関係(性)」こそが物事の
本質なのではないかと考えるようになりました。

「関係(性)」自体は感じることが出来ないので、それは物の有り方を通して感知される、あるいは
物によって表現されることになります。
こうした意味で物は必要ですが、物自体はやはり脇役、物と物の関係性にこそ重要な意味があり
ます。

音楽の世界でも、最終的には演奏者の気持ちが聴き手に伝わること、すなわち演奏者と聴き手
の関係が最重要です。
楽器もオーディオ装置も、音の媒体である空気も、その「関係」を成立させるための物ということに
なります。
オーディオ装置を構成する機器、例えばスピーカーがあったとしても、それ自体には意味がありま
せん(秘められた可能性はあるとしてでもです)。
スピーカーはオーディオ装置の他の機器との関係、部屋との関係をうまく成立させてはじめてその
存在意義(=機能)を全うし、最終的にはオーディオシステムと部屋が全体として演奏者と聴き手
の関係を成立させることになります。

音楽の世界に限らず、実に様々な関係性によって世界は意味を成しているのではないでしょうか。
これが物事の本質ではないかと思われます。

 

 110908 「地域」って何だろう?

大震災・大津波・原発事故、豪雨・川の氾濫・山崩れと続いた天災で被災地の「地域」は壊滅しそ
うな状況です。

それどころか、被災地から遠く離れた「地域」にも様々な影響が出ています。とても無関係とは
言っていられない状況です。

思い返せば、旧浦和市の場合は「浦和都民」という言葉がありました。浦和市の住民は東京との
結び付きが大変強かったのです。経済的にもそうですし、人とのつながりもそうです。
一方、「埼玉都民」という言葉は今でもあると思います。

埼玉県の場合、ここしばらく「地産地消」のように、ある程度自立した地域経済圏を目指す一方
で県外企業の誘致も行ってきました。

しかし今回の天災で、自立した地域経済圏というものは成立しないことを改めて思い知らされた
次第です。農業に不可欠な軽トラやトラクターも燃料が無ければ動きません。

「地域」とはもはや地理的・物理的な「かたまり」としての行政上の概念でしかなく、従ってそれは
「近場」ということでしかなくなっています。

高齢者と子供にとっては「近場」=「地域」は大切な「生活圏」ですが、経済活動や人脈、情報の
流通はとっくに物理的な「地域」を越えてしまっているのですね。

超広域化した経済活動は主に石油資源に依存しています。資源が枯渇したらどうなるのかという
懸念はありますが、代替エネルギーの開発も進むでしょうし、昔々の「地域」が復活することはない
でしょう。

むしろ現在の地域区分はより広域化(ただし集落は統合されコンパクト化)する方向なのではない
でしょうか。

 

 121031 自転車の世界、自動車の世界そしてオーディオの世界のアナロジー
 
まずは自転車の世界です:
40年程前にオーダーメイドの自転車を作るとこんな具合でした。
それは一体何の為の自転車かというと「ランドナー(タイプ)」といって数日間の小旅行
をする為のものです。
例えば東京から軽井沢へ行くと片道大体150km位です。往路は最後に碓氷峠という難関
があるので所要時間は10時間程度、平均時速は15kmといったところです。復路は6時間
程度ですので、平均時速は25km程度です。
さて、その自転車の仕様ですが、フレームパイプは英国レイノルズ社の「555
(クロモリ・
ダブルバテット)で、これをラグレス・フレームとして仕上げます。
サドルは同じく英国のブルックス、ハンドルはイタリアのチネリのストレートタイプ。
ホイールは仏国製の軽合金、前後輪のハブはイタリアのカンパニョーロでクイック
タイプ。

フロントギアチェンジャーは日本製の特注オリジナル、ブレーキは仏国のマファックの
カンティーレバータイプという具合です。
オーダーメイドの自転車で一番大切なキーパーツはフレーム、そしてその工作精度です。
フレームに取り付けるパーツが持ち前の性能を発揮するように製作する必要があります。
また最大の問題はフロントフォークのセンターと後輪のセンターが一致(=自転車が直進
した場合、その軌跡の真上を前後輪のセンターが移動)しなければなりません。
自転車のフレームはパイプを溶接して作るのでどうしても溶接歪みが出ます。これを防ぐ
ために治具を使うのですが、実に難しい作業となります。
これでお値段は4050万円です。
パリのルネルセ自転車商会にランドナー(=ランドヌール)をオーダーすると、パーツな
どの仕様は違ってきますが、もう少し高かったかなと記憶しています。
現在、ママチャリの価格は2〜3万円ですので、大体20倍の価格ということになります。
しかしこのオーダーメイドのランドナーがママチャリの20倍有益かというと(イエイエ)
そんなことはありません。勿論走行スピードだって20倍にはなりません。
それどころかこの高価なオーダーメイドのランドナーのメンテナンスは大変です。ロング
を走った後はバラバラに分解して灯油で部品を洗浄、また組立てて注油し調整をすること
になります。ママチャリを分解清掃するなんて聞いたことがありません(笑)。
何故こんな費用と手間を掛けてランドナーを購入するのか?ママチャリでは1日に150km
(&標高差1,000m)を安全に走ることは不可能だからです。
ついでに自転車が走る環境についても考えてみます。
仮に幅員4mの自転車専用道路を150km造るとします。既存の道路とは立体交差です。
一体これにどの位の費用が必要なのか見当もつきません(苦笑)。

次は自動車の世界です:
4ドアセダンの価格を150万円としますと、仮にその20倍すなわち3千万円掛ければ
かなり立派なレーシングカーが作れそうです。いわゆるスーパーカーの購入も視野に入っ
てきます。
しかし同じようなことですが、レーシングカーが4ドアセダンの20倍有用だということ
にはなりません。レーシングカーは取扱いも面倒だし、維持管理が(メチャクチャ)大変
です。
ではレーシングカーの利点は一体何か?これはもう時速300km出せるということでしか
ないでしょう。
また自転車の場合と同様に自動車が時速300kmで走る環境について考えてみます。
一般道はもちろん既存の高速道路でも、とてもじゃありませんが時速300kmは無理。
そもそも既存の高速道路はそういう設計をしていません。サーキットを造るしかないと
いうことになります。

上記に述べたこと、同じような図式がオーディオの世界でも成立しています:
5万円のシスコンでも音楽CDをちゃんと楽しむことは出来ます。10万円のオーディオ
システムなら尚結構です。
ではその20倍、すなわち100200万円のオーディオシステムを想定します。

ここまでくるといわゆるハイエンドオーディオの世界に近くなります。優秀なアナログ
再生システムを組み込むことも可能です。
しかしだからといって音質が20倍良くなるというわけではありません。
自転車のフレームに相当するものがオーディオシステムの場合は電気的に各機器を接続
するケーブルであり、物理的にはオーディオラックになります。
システムの各機器がその能力を最大限発揮出来るようにセッティングすることは(皮肉な
ことに)オーディオシステムの総額が上がるにつれてむしろ難しくなります。
また、自転車や自動車の世界の「走る環境」に相当するものがオーディオシステムの世界
ではオーディオルームということになります。
広さも含めて建築音響的にも満足出来る部屋を用意するための費用はオーディオシステム
に掛かる費用を軽く超えてしまいます。

 

 121112 後先が逆?!
 
通常オーディオシステム(あるいはサブシステム)を組む場合は、まず全体の見通しを
立ててから取り掛かるべきで、これが一番真っ当なやり方であることには疑いの余地が
ありません。

しかし、たまにはこの「後先」が逆になり、どうしてもこの製品(あるいはパーツ)を
使ってみたいという抑え切れない欲求が先行し、ロクに詳細な調査・検討もせずに製品を
購入してしまい大変困ることがあります。
全体として何とかうまくことを収めたいのだけど、これが費用的にも大変なことになって
しまうのです。

具体的な事例ですが、最近ではViV Lab.のトーンアームRigid/Float/Hがそうでした。
しかも7インチです!

このトーンアームは既存のアナログプレーヤーのキャビネットの上もしくはその周囲に
ポン置きでいいということで、その音質などは複数のオーディオ評論家が絶賛していた
わけです。

しかし、このトーンアームが到着して青ざめました。このトーンアームはそんな生半可
な代物ではないことを直感したからです。

結局、ドクター・ファイキャルト・アナログ(独)のWoodpeckerというアームレス
ターンテーブルを新規に購入するという羽目になりました。
諸条件を考慮すると、もうこれしか「手」が無かったといっても過言ではありません。
現在は一応Rigid/Float/Hの特性を活かした使い方が出来ていると思っていますが、やはり
このトーンアームの特性をあらかじめよく知った上で導入すべきだったと思います。

本当に冷や汗ものでした。

 

 121112 何が正しいサウンドかと聞かれても・・・
 
9月下旬に鎌倉のViV Lab.の秋元さんを訪ねました。

(秋元さんが)現在開発中の新しいターンテーブルで持参したカウント・ベイシーと
デューク・エリントンの“FIRST TIME”を聴かせていただいた次第です。

その新しいターンテーブルとは、円いお皿の中にキラキラ光る特殊な粒粒(以下“特殊
サンド“)が入ったもので、その上にレコードを載せ、当然ですが、ViV Lab.のトーン
アームとスピーカーで再生します。

試聴室というか試聴スペースは完全な不整形で平行対向面は全くありません。つまり
部屋側での音の色付けは一切無いと考えてよいと思われました。

いざレコードの演奏が始まると、こちらの自社とViV Lab.ではごく僅かですがサウンド
が違っていました。ViV Lab.のサウンドは楽団の演奏をオン・マイクで録音したような
印象でした。
しかしこのアルバムの録音(1961)は、今はなきニューヨーク西30丁目の旧い教会を
改造したコロンビアのスタジオで行われたものだろうという確信がありました。

つまり録音にはカブリというかルーム・エコーがあって当然だということになります。
しかしその磁力線も吸収してしまうという特殊なサンドのターンテーブルはレコード盤の
の微振動を完全に吸収してしまうのか、もしくは開発中とのことでセンター・スピンドル
が無いせいか、ルーム・エコーが感じられませんでした。

秋元さんは試みに新ターン・テーブルから一般的なアルミのターンテーブルに交換して
演奏してくれましたが、その場合は当社のシステムで演奏する場合と近いサウンドになり
ます。

そうなると果たして演奏のルーム・エコーはそもそもレコード盤に記録されていなかった
のかどうか、実はこちらのレコード再生システムの付帯音だったのかどうか疑問が湧いて
きたわけです。

そもそもオーディオの世界では付帯音は嫌われ者です。微振動を減らすために大変な費用
とパワーが投入されています。
しかしこの新開発のターンテーブルのサウンドが、より本当の意味でのHi-Fi(高忠実度
録音再生)なのか?というと、どうも確信が持てません。

話しが少々脱線しますが、全くの静寂の中からいきなり音楽がドーンと立ち上がるCD
サウンドには違和感を持っています。
通常の演奏会では「ざわめき」があり、ホール・トーンは必ず存在します。
しかしCDのサウンドはピュアといえばピュアですが、いささか現実離れしているように
感じます。
音楽CDの音は耳に刺さるという理由で、わざわざCDの音源をカセットテープに移して
聴いているという音楽家の話しを聞いたことがあります。

アナログ・プレーヤーは特にそうですが、付帯振動(微振動)から完全に逃れることは
不可能です。

そうなるとオーディオの音楽再生には、これだ!という唯一の正解は無いと言っていいと
思われます。「正解」はある幅、領域を持って沢山あるのだと思われます。

 

 121222 ジャズを聴くなら・・・

 
まずは195060年代の米国東海岸の黒人のジャズを聴いてみて下さい。
レーベルはPrestigeBlue Noteなどになります。 

CDよりはアナログレコードの方が(いろいろな意味で)はるかに良いのですが、CDでも
構いません(Amazonのアナログレコードのサイトで米国製再発盤を注文すれば1500
前後、送料は無料です)。ただしCDについても米国製の再発盤にして下さい。

日本製の再発盤はアナログレコードにしてもCDにしても(絶対に)ダメです。
その理由ですが、日本製の盤からはジャズ音楽の力が失われているからです。ジャケット
の見た目はそっくりですが、中身が全く異なります。似て非なるものとはこのことです。

例えば手元にはMILES DAVISの“’FOUR’ & MORE”が3種類あります。CBSソニー
の国内再発盤(アナログレコード)、Sony Music JapanのハイブリッドSACD、米国再
発盤CDです。前2者の音源(=マスター)は明らかに同じです。
このアナログ盤はディスクユニオンでもせいぜい700800円でしか売られていない代物、
こんな音源をSACD化して一体何の意味があるのか?という感じです。
一方の米国製再発盤CDではまだ演奏の力が感じられます。
そもそも“’FOUR’ & MORE”はMiles DavisHerbie HancockGeorge ColemanRon
CarterTony Williamsが全開で疾走する演奏です。迫力が感じられないと全くオカシイの
です。

それから「まずは195060年代の・・・」にはもうひとつの理由があります。
それはリズムが演奏全体を引っ張ってゆく演奏に耳を慣らしてほしいからです。
これに対してヨーロッパ・ジャズでは、例えばピアノトリオの場合、明らかにピアノの
メロディーが全体を引っ張っていきます。ヨーロッパにはクラシックの伝統があるから
かもしれませんが、やはりヨーロッパ人種はリズムでなくメロディー重視なのだと思い
ます。
これは録音の仕方の違いにも現れています。
MILES DAVIS in Stockholm 1960 Complete”を聴くと、ピアノの音は丁寧に録られて
いて、トランペットやサックスもそれなりにいいのですが、ドラムスの録音の方はかなり
おざなり、なにか遠くで演奏している感じです。
さすがにヨーロッパの録音スタッフも1967年の時点ではドラムスの音録りに慣れてきた
ようで、“MILES DAVIS QUINTET LIVE in Europe 1967”のTony Williamsのドラムス
は迫力のある音でクリヤーにキチンと録音されています。

それでは日本のジャズはどうなのか?ですが、これはそもそもジャズに限らず、日本の
場合は全ての音楽ジャンルでメロディー優先なのだと思います。
改めて1974年の“イースト・ウィンド / 菊池雅章”を聴くと、ジャズといってもこれは
「まずは195060年代の・・・」とは全く違うものだとしみじみ思います。

余談ですが、日本のクラシック音楽ファンでジャズも聴くという話しを聞くと、おそらく
その方はヨーロッパ・ジャズを好まれるのだろうなと思ってしまいます。
 
ジャズの世界では何でもアリだとよく言われますが、是非「まずは195060年代の・・」
をひとつの基準にして、何よりもジャズ音楽の力を感じていただきたいと思う次第です。

 

 130224 音楽再生の留意点

 
1 まずは音源の適切な選択

  音楽に対する嗜好性は民族(国)により異なります。
  例えばヨーロッパではメロディーが支配的、ピアノがリズム楽器として扱われること
  はまずありません。実際ヨーロッパジャズ(ピアノトリオ)ではピアノのメロディー
  が全体を引っ張ります。
  しかし19501960年代の米国東海岸の黒人バンドの場合、リズムの比重ははるかに
   大きく、ピアノですらリズムセクションに属していました。
   録音エンジニアの「テイスト」も民族により異なりますし、演奏・録音・マスタリン
   グの各段階においてそれぞれ得手・不得手があると言っていいと思います。
   録音された音楽はいわば料理の素材のようなものです。料理人たるマスタリング
   エンジニアが違えば自ずから違った料理(=マスター)が出来上がることになります。

 
2 次に音振動の取扱いについては「材の音響インピーダンス(=音速×比重)」に留意
  し、
  反射・拡散・吸収・減衰をうまく調和させることが必要です。
  むやみに振動を押さえ込むことは避けた方が無難です。
  なお、実用上のことになりますが、中低域ことに低域の吸音については板振動による
  吸音以外に手立てが無いと思われます。
  さらに板振動については「コインシデンス効果」に注意することが必要です。
  大体どのような場合でも2,000Hz付近になります。
  例えば同じ仕様の遮音壁や防音ドアを2重で使うと2,000Hz付近の遮音性能が著しく
  低下してトンデモナイことになります。

 
3 最後に電気信号の伝達についてです。
  導体のフェルミ・エネルギーの違いに留意しましょう。
  例えば金・銀・銅のフェルミ・エネルギーは同じような値ですが、アルミはこれらの
  金属とはかなり違います。
  音響インピーダンスが異なる材の接触面では音振動の反射が生じますが、同じような
  ことで、フェルミ・エネルギーが異なる導体の接触面では音の電気信号がうまく伝わ
  らないということになります。
  同じような性質の導体を繋いでいくことが最も無難なやり方です。

 

 130620 高価ではないフツーの装置と音源で音楽との感動的出会いは可能でしょうか?

答え: 必ず出来ます!

ただし条件があります。それはご自分の疑問を大切にし、それを調べ、考え、出来る範囲での
努力を惜しまないことです。労を惜しむと望みはありません。

高価なハイエンド機気、高価なオリジナル盤を買い揃えれば、音楽との感動的な出会いは可能
でしょうか? 絶対に「否」です。

ハイエンド機器・ビンテージ機器を使いこなすためには大変な経験値と腕力が必要です。
価値あるオリジナル盤を入手する為には膨大な知識と経験(=失敗?)をしなければなりません。
人はついつい成果だけに目を向けがちですが、それはいわば氷山の一角、大変な努力がその下
には潜んでいます。

では、具体的にどうすればよいのでしょうか。

装置については、スタンダードな製品で定評のあるもの。出来ればマークT、Uなどのように
連綿とシリーズで製品化されているものが安心です。CP比も高いはずです。

一方、音源については、@的を絞ること(分野と音楽家)、Aオリジナル盤ではなくフツーの価格
の再発盤を狙いますが、特に音源の質に注意を払います。これはLPでもCDでも同じ、極めて
重要なことです。

想像していただきたいのですが:

才能ある演奏家が大変な努力の結果として奏でた音楽を、優秀な録音エンジニアが収録し、
才能に恵まれたマスタリング・エンジニアがミックスダウンして、さらに注意深い製造プロセスを
経てLPないしCDがようやく完成するわけです。

次に、これまた経験を積んだ(老舗の?)オーディオ機器メーカーが自信をもって世に送り出した
製品をそのユーザーが適切にセッティングして、初めて音楽との感動的な出会いが実現します。

「(音楽を再生する側が)労を惜しんではならない」ということがお分かりいただけれるのではない
でしょうか。

細々とした工夫などは山ほどあるのですが・・・それは割愛させていただきます。

 

 130705 してやられた!と感心しました

それは2013年7月4日付の読売朝刊に掲載されていたボーズ社の広告を見た瞬間のことでした。

理由はふたつあります:

1 日本全体でみると、オーディオ装置より薄型テレビの方が圧倒的に台数が多い。
  しかし薄型テレビは音質的には無理が多く、これを手軽に改善出来れば大変な需要が
  見込めると思われた。

2 画像と音声のバランスを自然な感じでとることは難しく、何処から音を出せばよいのか
  検討すべき課題が多々あると思われた。

BOSEには「Computer MusicMonitor」(¥31,500 pair)という製品がありますが、これと小型DAC
を組み合わせて、TV置き台の中に設置すればどうかと考えていました。

今回の製品は価格(¥42,000)の設定も、設置方式も、音を出す場所も流石だなと感心した次第
です。

 

 130713 誰でも世界一になれる!(選択と集中、そして継続)

製造業の世界では「世界ナンバーワンの技術を持て」とか「世界オンリーワンの技術を
持て」と言われることがあります。

それはある程度規模の大きな企業のことであって、マイクロ会社には無縁のことだと
思っていました。何しろまともな研究開発部門などありゃしません。

しかし、そうでもないのかもしれないと考え直し始めたきっかけが「新型インシュレー
ション・システム」の考案でした。

目先の採算性などに拘らなければ、世界一などということは案外個人のレベルでも達成
出来ることだと(今は)断言できます。

例えば「キャベツの千切り」という技術について考えてみます。
トンカツ屋さんで出て来るアレのことです。

いきなり素人がトンカツ屋さんと同じレベルのキャベツの千切りを作れと言われても、
それは到底無理ですが・・・。
 

毎日毎日キャベツを半玉分千切りにします。
千切りにしたキャベツは健康のために自分で食べるので、一玉だと多過ぎるから半玉に
するわけです。

1年365日これを続けます。これをやっていくうちに、やがて季節や産地によるキャベツ
の違いに気付くでしょう。またそれに見合った千切りの仕方も考えることでしょう。
さらに千切りに向いた包丁を発見するかもしれません。

勿論、1年で止めてはいけません。少なくとも5年、10年とこれを続けるのです。
こんな(馬鹿らしい)ことをやるプロの料理人はいませんから、やがてそのスキルや
ノウハウは世界一になっていくのではないでしょうか。

以上はものの例え、例え話しです。

しかし大袈裟な言い方になるかもしれませんが、誰にでも世界一になれる、そのチャンス
は至るところに転がっていると思う次第です。

 

 130713 今でもモノラル録音でアルバムを制作していいのではないでしょうか

これはMiles Davisの“’FOUR’ & MORE”というアルバムを調べたことがきっかけで
気付いたことです。

LPレコードがモノラルからステレオへ移行していく時期には、同じアルバムがモノラルと
ステレオで並行発売されていました。
小編成のジャズの場合は特にそうですが、モノラルでアルバムを仕上げる方が技術的にも
ラクだし良い作品が出来るのではないかと思われました。

そういえば、Music On Vinyl B.V.2011年にSony Music Entertainmentのために制作
した“MILES DAVIS QUINTET Live in Europe 1967”のジャケットデザインに利用され
ている当時のレコーディング・シートにはMONO/STEREOのチェック欄がありました。
しかしそこには記入がなされていません。作品としての仕上がりはモノになっています。

これと対照的な?作品が、一関のベイシーで2009年に収録された「ジャム・アット・
ベイシー フィーチャリング ハンク・ジョーンズ」です。
大変凝ったアナログのシステムで収録され、ステレオで仕上げられています。
個人的にはこれこそ91歳のハンク・ジョーンズをフィーチャーしてモノラルで仕上げた
方が作品としては断然よくなったのではないかなと思いました。

現代では音楽が「ステレオ」であることがア・プリオリ、当たり前になっています。
しかし音楽のジャンルによってはモノラルで仕上げた方がいい場合もあるのではないで
しょうか。

音楽再生装置側は、何であれモノラル録音作品を受け止めることが出来るわけですから。

 

 130714 何故メロディーなのか? 何故歌なのか?

それは音楽による「縛り」の強さの度合い、音楽により想起される情景と感情の強さが、
歌もの>メロディーもの>リズムものという順序だからではないでしょうか。

言い方を変えると、その音楽と一体感を持ちたい場合は熱狂ライブに参加するという選択
になりますし、逆に音楽とは一定の距離を持ちたい場合(=音楽に縛られたくない場合)
はインストゥルメンツ主体の音楽再生を選択することになると思われます。

音楽は人間の感情を刺激し様々なことを思い起こさせるわけですが、そもそも感情とは
一体何か?という問題については難し過ぎてこの場で「こうだ」とはとても言えません。

しかし少なくとも感情は個別の感覚とは違い、個別の感覚により生起される「総合的な
仕組み」のように思われます。

動物の中では特に人間の感情が発達しているようですが、それは個々人が人間社会の中で
生き延びる為に発達した感情が有利に働いたからだという事はまず間違いないでしょう。

さて、歌ものにより想起される感情は大変強いのですが、反面その適用範囲はかなり狭い
ようです。ハマれば歌ものは強い力を出すというわけです。
しかし場違いな状況では、その力は発揮できないのではないでしょうか。

 

 130922 「生の音楽を聴いてオーディオ耳を鍛えるべし」???

音楽でなければ、誰でもそうですが、生の音などは日常生活の中、そこら中で聴いています。
スピーカーの音質のひとつの判断材料とされているボーカルものにしても、生の人声については
しょっちゅう聴いて話しをしているわけですから・・・。

そもそもサウンドというものは、マイクで録音した時点ですでに変質しています。
周波数に対応した人間の聴覚の特性とマイクの録音特性は全く違うからです。
その辺のくい違いをミュージシャンの意図(=音楽語で表現されている)を理解した上でどう処理
するかは、録音エンジニアとサウンドの料理人であるマスタリングエンジニアに任せておけばよい
のではないでしょうか。

もし原音再生を目指すというならば、その原音とはLPレコードなりCDに記録された加工済みの
音楽であって、決して生の音楽ではないと思います。
音楽の再生装置に要求される機能は、記録された音楽を出来るだけ忠実に復元すること、それ
以外にはないと思います。

 

 130922 音楽の言葉: メロディー語、そしてリズム語

「音楽の言葉」とは日本語でも英語でもありません。特定の旋律やリズムが語りかける音楽の言葉
です。勿論「辞書」はありません。

白人や日本人はメロディー語を理解することが出来るのだと思います。理解するだけでなく語る
ことも出来ます。

しかし、リズム語となると黒人の独壇場のように思われます。
サバンナの草原で何かを叩いて語り合いをしていたからでしょうか。

森の中の狩猟民族の末裔である白人や、里山の農耕民族の日本人には出来ない芸当です。

 

 130925 ジャズという入り口からみた白人・黒人・日本人の違い

こと音楽の世界に関しては白人の総合力が圧倒的です。

日本人は全体として一応の総合力はありますが、スケールとパワーが不足しています。
おそらく狭い島国だという風土のせいでしょう。繊細さ・細やかさが持ち味です。

また日本ではメロディーで引っ張る音楽が優勢というか、それしかありません。
歌謡ショー、歌と踊りのセット、盆踊り、祭囃子に日本の音楽の全てが凝縮されています。

白人の場合もメロディー優先でリズム語は理解せずですが、全体をプロデュースしてゆく、つまり
仕組みを作り上げる志向性は日本人には無い資質です。流石に世界を征服した人種です。

一方の黒人ですが、決して楽器は作りません。しかし楽器の優秀な使い手ではあるわけです。
黒人には優れた録音エンジニアもいなければ音楽業界を牛耳るプロデューサーもいませんし、
自分達の音楽の歴史を書き残すライターもいません。
ただし音楽パワーについては白人と互角以上だということになります。

白人と黒人そして日本人は、ジャズという狭い世界から眺めても本当に特性が違います。
さらに同じ白人でも欧州人と米国人では何かしら違います。やはり風土が人間を変質させるのだ
と思われます。

日本人はクラシックを欧州の白人から、ジャズを米国の黒人と米国&欧州の白人から輸入しまし
た。
しかし黒人は白人のクラシックの世界には踏み込まないし、白人も黒人も日本の演歌の世界には
決して入って来ません。
演歌は勿論メロディー優先の音楽ですが、歌詞の使い方・効果が特殊で白人にも黒人にも理解
出来ないのかもしれませんね。

 

 131002 ジャズ喫茶はその役割を終えたけれど・・・

一般の人々にとりジャズレコードの入手が困難な時代、ジャズ喫茶はジャズを聴きたい人にとり
有り難く貴重な存在でした。
再生装置がマッキントッシュのアンプにJBLのスピーカーともなると、これはもう一般家庭では
手の届かないジャズファンの聖地たりえたのです。

しかし時代は一変しました。家庭に居ながらにしてネット通販でジャズレコードが入手出来ますし、
再生装置にしても普及価格帯の製品で十分なサウンドが出せるのです。
単に自分の好きなジャズを聴くということであれば、かってのジャズ喫茶より余程マシな環境が
実現出来てしまいます。

しかし、相変らずというか、ジャズを自由に語り合う場はありません。
ジャズの好みは人それぞれですから、極論すれば同じジャズを聴く必要はありません。しかし、
どうもジャズを語り合える場はあった方がよいのではないかと思います。

音楽、そしてジャズに限らないことだと思われますが、欧州ではごく当たり前に存在するそうした
「語り合う場」が日本の都市近郊では皆無です。

その「語り合う場」のイメージですが、「近所」に欲しいのです。飲食を生業とする居酒屋とは違う
と思います。酒やつまみはあってもいいのですが、それは「持ち込み」でもいいのではないでしょう
か。つまり商売としての場とは違うイメージです。
また公民館のような縛りのキツイ公共施設とも違います。何となくふらりと立ち寄れる場であること
が好ましい。
昔の農村ではそれを各戸の軒先・縁側が担っていましたが、核家族指向の現代住宅ではそれは
望むべくもありません。

では一体どのようなスキームならこのような場を実現することが可能になるのでしょうか?
まずは営利目的を一切排除することでしょう。
土地も建物(小屋?)も無償提供されることが好都合です。建物は何しろ雨露を凌げればよい。
電気・水道・電話線は一切不要です。勿論オーディオ装置も要りません。
壁にジャズのポスターを貼るくらいは雰囲気作りのためにいいかもしれません。

何だか子供の秘密基地のような按配です。

 

 131019 音楽再生の立場から考えると今は恵まれた時代だと思います

何よりまず、音源を(国内のレコード会社のお仕着せではなく)個人のレベルでも世界中から自由
に探せるようになったことです。
ミュージシャンは音楽語を使って聴き手に何かを語っているわけですが、より適切な音源を入手
出来ることのメリットは極めて多大です。

次に再生装置の方ですが、1970年代のオーディオ全盛期を懐かしむ人は多いかもしれませんが、
生き残ったオーディオメーカーの製品は数は少ないけれど鍛え抜かれたものです。
また多少無理をすれば昔の名品・名機を修復して使用することも今なら可能です。音源の場合と
同じように選択肢がとても広い、唯一の正解など無い世界ですから迷ってしまうかもしれません。

このふたつが、今は恵まれた時代だと感じる理由です。

音楽業界もオーディオ業界も(全体として)昔と比べると大変な「経験値」を獲得しています。
これをうまく活かせればいいのですが・・・。

 

 131030 思わず苦笑いをしてしまいました

お題は「Miles Davisのアナログ・レコードは海外盤に限る、決して国内盤を買ってはいけ
ない?」です。

少し前のことですが、大宮にあるレコード屋グリグリの店主が「確かに1975,6年頃まで
は国内盤を聴くとがっかりしますが、
1980年代になると国内盤と海外盤の差はないです
よ」
と言っていました。

ちなみに1975年頃のダメな国内盤の事例は次のようなものです:
’FOUR’ & MORE”(1964年)CBSソニー SOPL 161
CBSソニーは1968年の創立当時からSX-68という当時最新鋭のカッティング・システム
を採用しており、ジャケット裏面には次のような誇らしげな記載があります。

SX-68MARKUは西独ノイマン社製カッティング・ヘッドSX-68と、ソニー音響技術
 陣が新開発した全トランジスタ・アンプ及びコントロール・ユニットにより構成される
 最新鋭のカッティング・システムです。その優れた諸特性は、歪みのないツヤやかな音
 で、原音のイメージの最も忠実な再現を可能にしました。」

ジャケットに同封されているMilesのレコード・カタログから判断すると、この盤は少な
くとも1972年以降の発売であることが分かります。

たまたま1980年代の国内盤と海外盤を入手する機会に恵まれたので、両者の比較をして
みることにしました。

まず国内盤ですが:
STAR PEOPLE(1982 - 1983) CBSソニー 25AP 2530
この盤の帯には次のような記載がありました。

「“世界に誇る日本のディスク・クウォリティ”
 CBSソニーのレコードは、米CBS研究所で行われている、全世界のCBSグループの
 ディスク・クウォリティ・テストにおいて、最も優秀であると評価されています。
 これはまさしく時代の最先端をゆく日本のテクノロジーと世界一厳しい品質基準及び
 管理体制の証明です。
 CBSソニーは、この安定した、クウォリティの高いレコードで、雑音が少なく、高品質
 な音楽をお届けしています。」

次に海外盤の方は:
DECOY(1983) CBS(Columbia) FC38991
これはいわゆるオリジナル盤です、何故か日本のジャズ・ファンの間では不人気ですが。

さて結果です。最初のほんの数秒間で、海外盤のDECOYの方は音楽のエネルギーが高い
ことが分かります。これなら文句無しです。
一方の国内盤STAR PEOPLEの方は’FOUR’ & MOREほどひどくはないのですが、何か
全体におとなしい感じです。盤質は良いにこしたことはのですが・・・。

結論は「1980年代の作品でも海外盤を聴くべし」ということになりました。いくら優秀な
機材を使っても、ディスクの品質が良くてもダメなものはダメです。
ついつい「お役立ち」に1980年代の作品なら国内盤でもOKと書きましたが、これでは
いけません!
 
一体どうしてこういうことになってしまうのか・・・まことに不可思議です。
確かな根拠ということではありませんが、日本には(CBSソニーもそうですが)オーディ
オ機器メーカーが設立したレコード会社が結構ありました。それが影響しているのかも
しれません。
一方、欧米のレコード会社はいわば専業です。録音エンジニアにしてもなんにしても
鍛えられ方が全く異次元なのかもしれません。

本題から外れてしまいますが、ここ数年、アナログレコード再生を復活させてから心中
密かに「日本のかってのオーディオ・ブームが長続きしなかった大きな原因として、
オーディオ機器に問題があったというより肝心のレコードのサウンドの質に問題があった
からではないか」と感じていました。
加えて、一般的なオーディオ・ファンや音楽ファンは大切なレコードを傷めないように
カセット・テープにダビングをして、普段はカセット・テープで音楽を聴いていたわけで
すから、元々問題があったサウンドの質を更に悪化させてしまったわけです。
いくらオーディオ機器側で努力しても期待するサウンドが得られないことに失望して
オーディオに見切りをつけた人が多かったのだと思います。
そういう方々には、一生に一度でいいから、海外盤の鮮烈なサウンドをごくフツーの
オーディオ・システムで聴いていただきたいものです。

なお、上記の結果はアナログ・レコードに限ったことではないと考えています。
CDでも同じことですし、インターネットからダウンロードされる音楽データについて
も同じことが言えそうです。サウンド自体に問題があればもうどうしようもありません。

 

 131208 居心地のいい空間もしくは環境

「居心地のいい空間」などというと何か柔な感じがします。

しかし、どうもそれは人間だけでなく生物全般にとって基本的に重要なことだと思えて
きました。決して贅沢なことではなく生き延びる確率を上げるための基本的な条件のよう
に思えるのです
居心地が良いということは、個人差・個体差も含めその生物にとって“過ごし易い”と
いうことを意味します。
「空間」というとついつい建築空間やインテリアデザインを思い浮かべますし、「環境」
というと温度・湿度、騒音などを連想しますが、実はもっと範囲が広くて、人間の場合は
「五感」の全てに関わることなのではないかと思われます。
いわゆる文化的な分野も絡んできそうです。19世紀に英国では“アーツ・アンド・クラ
フツ運動(ウィリアム・モリス)“があり、一方ドイツでは20世紀にバウハウスという
文化ムーブメントがありました。これらは単なる総合芸術運動ではなく生活全般に関わる
(彼らにとって)居心地のいい空間を目指した運動ではなかったのかなと、今となっては
そういう気がします。

一人一人が自分にとって居心地がいい空間を作る(創る?造る?)事は生物として極めて
自然で、むしろその為に尽力することは好ましいことなのではないかと思います。
ただし自分にとって居心地がいい空間が他の人にとって必ずしもそうでないことは肝に
銘じておくべきですし、ましてそれが「正しい」などということは有り得ません。
 
では一体どうすれば自分にとって居心地のいい空間を実現出来るのか?
これはお金を掛ければいいというものでもないし、専門家に相談すればいいというもので
もないでしょう。
自分自身の五感を研ぎ澄ませて、自身の特性を理解しようとするプロセスを経ることに
より実現されるのだと思います。
 

 

 140323 日本人にとって音楽とは何だろう?

一口に日本人と言いますが、実は一人一人違うはずです。ですから大方の日本人にとって
音楽とは何だろうと言った方がいいのかもしれません。

こんな自問自答を始めたきっかけの一つは、ジャズという音楽ジャンルには黒人、白人、
日本人がいわば揃い踏みで登場するからです。自然に3者の演奏を比較してしまいます。

もし音楽語というものがあり、そこにメロディー語とリズム語があるとすると、白人と
日本人の音楽はメロディー語主体、リズム語は語れないと感じます。
黒人の場合はメロディー語に加えてリズム語を自在に操れるようです。

さらにジャズ以外の音楽ジャンルについて考えてみると、西欧白人のクラシック音楽の
世界に日本人は行きますけれど、黒人はほぼ絶対といっていいくらい入って行きません。
また日本人の演歌の世界には白人も黒人も入って来ないというか、入れません。

まず何故黒人だけが自在にリズム語を操れるのか?ですが、サバンナという風土のせい
なのか、これはいまだによく分かりません。

ただしひとつヒントがありました。BSジャパンで放送された「Back to the Roots 佐野
元春 2万キロのたび」で彼はビートのルーツを探してセネガルに辿り着きます。
ダカール海岸の沖合い3kmにある島にかっての奴隷貿易の基地があります。そこで彼
は黒人の説明員にこう言われます:
「アフリカ中からここに集められた黒人奴隷は互いに部族が違うので言葉が通じない。
そこで彼らは鎖に繋がれた状況下リズムでコミュニケーションをした。」
成程!しかし今でも数千はあると言われる部族の言葉がそれぞれ異なる事、それはそれ
としても、一体普遍的なリズム語というものが存在するのでしょうか?(探求好きな
欧州の白人達も流石にこの点は見逃していたようです)

また別の機会に私がハッとした事ですが、アフリカの殆どの部族は固有の文字文化を
持っていないそうです。そういえばアフリカのとある部族では昔の王様の伝説を太鼓の
リズムで伝承しているというドキュメンタリー番組を観たことがあります。

改めて全体を考え直してみると、基本的な音楽語はメロディー語とリズム語ですが、
それに加えて言葉あるいは文字文化としての歌詞が加わるのかもしれません。

さて、それでは日本人にとって音楽とは一体どのようなものなのか?私が知る限りの事実
をまとめてみます。

1 日本人の場合、日常生活と共にある固有の音楽(いわゆる民族音楽)はそもそも存在
  しない。音楽はむしろ特別なイベントの際の供え物のようなものだった。「お囃子」
  とか「祭囃子」の世界です。
  固有の音楽を持っている民族はそう簡単に他民族の音楽を受け入れないと思います。
  しかし日本人の場合は割合平気でクラシック音楽もジャズも受け入れました。

2 日本人の音楽語はメロディー語が主体、それに自然と歌詞が付いてきます。更に踊り
  が加わるので、「歌謡ショー」というスタイルが日本人の音楽としては典型的なの
  では
ないでしょうか。
  この歌詞が曲者で、何しろ漢字&ひらがな&カタカナ(&アルファベット)で構成
  されています。そしてこの歌詞を構成する文字にはそれぞれ特有の意味があります。
  「荒城の月」は決して「コウジョウノツキ」ではないのです。こんな複雑な歌詞は
  世界中どこにもありません。

クラシック音楽もジャズもしょせん日本人にとっては他民族の音楽であり、勉強の対象や
BGMにはなっても日常的に正面から向き合えるようなものではないのかもしれません。

 

 140408 桜の花見あれこれ

何故「花見」は「桜」なのか、桜の中でも何故とりわけ「ソメイヨシノ」なのか、今年初めて腑に落ち
ました。
この冬はここ数年の中でも特に寒波が厳しく、例年と比べて桜の開花が遅れたせいだろうと思い
ます。
さいたま市見沼用水近くの道路を車で走っていた4月1日の事です。見沼用水とは徳川吉宗が
新田開拓の為に造らせた用水です。今では用水の土手沿いに沢山の桜が植えられています。
それらが一斉に、いわば「ドカン」という感じで咲いていました。

近所の公園の桜を眺めながら、改めて「何故桜なのか?」考えてみました。それは主に次の二つ
の理由からだろうと思います。
その壱 1本の桜の樹、特にソメイヨシノの花数が極めて多い。
その弐 しかもそれが一斉に開花する。これは梅などの他の花木ではあまりないことです。

用水沿いや川沿いの土手に植えられた数百本の桜が一斉に開花すると・・・それは景色を一変
させるだけの華やかな威力を持っています。
これは、特に雪国の長い冬を耐えていた人々にとってはたまりませんね。桜の開花は農作業を
開始する合図でもあるでしょうし。

さて、独り花見をしながら私が発見した「正調・花見」をご紹介します。
何よりもまず桜の都合に合わせることです。花見の本当のピークはせいぜい1日か2日です。
満開の桜の下で花見&宴会というのは、特に会社の職場関係で昔から多いのですが、宴会は
別の機会でもいいと思われます。
また、隅田川に屋形船を繰り出しての豪華な花見、これも本来の花見とは違うように思われます。
桜と正面切って向かい合う花見こそが「正調」だと思います。

 

 140922 スタジオモニターの真骨頂とは?(JBL4341)

7月に某店のオーディオシステム設置のお手伝いをさせていただきました。
お使いになるスピーカーはフルレストア済みのスタジオモニターJBL4341です。

通常、ホームオーディオで使用するスピーカーの設置は簡単ではありません。
例えばKEFのXQ20というブックシェルフ型では、左右のスピーカーの間隔は最大で2〜3m、
左右どちらのスピーカーも後壁から少なくとも225mm、側壁から1m離すべしという指示が取説に
記載されています。

ところがそのJBL4341は、店内のスペースを確保するために右側のスピーカーと側壁の空間は
ほとんどゼロ、左右のスピーカーと後壁の間隔もあまりありません。
いわばポン置きの状態です。
しかし公表されている周波数特性とほとんど同じバランスで音を出してしまったのです。
これには本当にビックリして、最初は「一体どうなっているんだ???」と思いました。

そして成程!と合点がいったのでした。
録音スタジオでモニターとして使用されるスピーカーがセッティングに敏感だったら、録音エンジ
ニアはたまったものではありません。さぞかし仕事がし難いことでしょう。
ポン置きでも本来の性能を発揮してくれるスピーカーこそスタジオモニターなのだと気付かされた
一件でした。

     

     

 

 140922 レコード再生システムに万能タイプはありません(当たり前?)

先日、ご近所のジャズ・オリジナル盤コレクターのお宅にお邪魔させていただきました。

再発盤のレコードを数枚持参して、そのサウンドも聴かせていただきましたが、そのうちの1枚は
うまく鳴ってくれませんでした。

しかしお手持ちのBlue Noteの4000番台のオリジナル盤は素晴らしいサウンドで鳴っていました。
思わず拍手をしたほどです。

さらに先様のオリジナル盤と当方の再発盤が同じようなサウンドでなる場合もあるという経験も
させていただいた次第です。

カートリッジ(針先)の違い、アームの長さの違い、レコード盤周りの振動処理、イコライザーカーブ
ノ違いなどなど要因はいろいろあるのでしょうが、ひとつのシステムで様々な盤をうまく鳴らすこと
はそもそも無理だと思われます。
先様は「うちはRiversideがうまく鳴らないんだよねえ」とぼやいておられました。

改めて考えてみますと、オリジナル盤のステレオ、モノ用システム、再発盤のステレオ、モノ用
システム、しめて最低4システムあれば大体はOKではないかと思われます(苦笑)。

 

 140922 レコードコレクター、オーディオマニア、そして音楽(例えばジャズ)マニア

この3つ、常々つくづく人種が違うと感じております。

私が個人的に最も興味深いと思うのはレコードコレクターという人種です。
観ていて面白いということもありますが、それを通り越して呆れ果ててしまう(=感心する)から
です。ご家族にはきっと大迷惑だろうと思われます。
何千枚も集めて一体一日に何枚聴けるというのだろう・・・でもそれは余計なお世話なのでしょう。
驚嘆すべきことは、何千枚ものレコードの大体とその価格を憶えていることです。
広大無辺な世界を相手に孤軍奮闘するドンキホーテのような方々です。

一方、オーディオマニアという方々はハナから無理なことをやろうとしている人種です。
オーディオマニアの方のシステムが一向に収束せず、絶えず機器などを入れ替えているという
状況がそれを物語っています。
唯一無二・万能タイプのシステムなどは在り得ないのに、その幻を追い続けている・・・目的別
(=音源別)4〜5種類のシステムを揃えれば全体としてのシステムの完成度は高くなります。
さらに個々のシステムの完成度は7,8割方あればもう十分、その程度で実用上は問題ありませ
ん。
ひょっとするとオーディオマニアの方々はその迷い惑うプロセスを楽しんでおられるのかもしれま
せん。孤独なレコードコレクターと違い、オーディオマニアの方々は割合仲間内で集まることが
多いからです。

お終いは音楽(例えばジャズ)マニアす。個人的にはこうした方々が将来増えていただければと
思っております。日常的に、BGMで結構です。名演といわれている演奏を聴いていただきたい
ものです。大袈裟に言えば、こうした演奏はいわば人類共通の無形文化遺産です。

 

 141014 ローリング・ストーンズのアルバム「Out Of Our Heads」の謎解き

そもそもの発端は”Satisfaction”(を収録したアルバム)を入手したいという事でした。

ネットでざっと調べると、この曲が収録されているアルバムは「Out Of Our Heads」の米国盤
(1965年のLPレコード、ABKCO)、英国盤(1965年のLPレコード、Deccca/ABKCO)には収録され
ていないということでした。これは何だか奇妙な話しです。

資料として使うのでLPレコードではなくCDを探しました。(株)ローソンHMV経由で入手した盤は、
HMVの案内によればレーベルはDeccaとなっていましたけど、それは間違い。
実際に到着した盤のレーベルはABKCO Recordsです。これは少々お高くて\2,474+送料。
ABKCO Recordsは米国のレコード会社だそうですが、ジャケットの裏面には”Printed EU”と記載
されています。何が何だか訳が分かりません。

調べてみると、AmazonではこのABKCO盤と同じ(と思われる)盤が\1,720(送料は無料)で入手
可能。ただし「通常1〜2か月以内に発送します」とのことで、在庫は無いようです。

この2種類の盤は果たして同じモノなのでしょうか?
Amazonの方は登録情報の日付が2002/8/27で、手元に届いた盤は(HMVによれば)発売日が
2002年12月20日です。

更にAmazonには「新品の出品」というモノが複数あって、米国盤の新品の場合、最安値が
\1,107+関東地方への配達料350円です。カリフォルニアからの直送だそうです。

ネット情報では「2002年8月にイギリス、アメリカ両バージョンがアブコ・レコードによりリマスター
された上で、SACDとのハイブリッドCDとしてデジパック仕様で再発された」となっています。

しかし手元に届いたCDのABKCO自身の説明はこうです:

In 1986, ABKCO Records released the first compact disc of The Rolling Stones catalog.
Over the years, we have had many requests to re-issue these titles using the latest digital
remastering techniques.
However we did not feel the improvements in CD mastering warranted - until now.
With the right technology in place, we spent hundreds of hours reseaching, and more importantly,
listening to the analog masters that exist in the vaults.
It was a long and painstaking process, involving a quest on both sides of the Atlantic to find the
best and purest sources of The Rolling Stones work.
ABKCO utilized Direct Stream Digital (DSD) encoding (the same conversion technology used for
Super Audio (SACD)) which captures every nuance of the original master tapes.
You will hear the "rawness" of the guiters, the vocal quality and the natural distorsion of the
band as it sounded in the studio.

確かに手元に届いたCDには”DSD REMASTERED”と記載されていて、Copyrightは2002年です。
しかしこのABKCO自身の説明文にはこのアルバム以外にSACDとCDのハイブリッド盤を出した
という情報は記載されていません。
SACDの規格そのものは1999年にフィリップスとソニーによって発表されていますが、2002年の
時点でSACD対応のプレーヤーが一般に普及していたとは考え難いところです。

という次第でした。
手元の(DSD REMASTERED)CDはヨーロッパで発売されたもの、そして同じ盤が米国でも発売
された可能性が高いと思われます。
ただしカリフォルニアから直送されるCDがこれと同じモノかどうかは定かではありません。
原盤が1986年のABKCO製ということもあり得るからです。

今回は資料としての音源を入手する作業でしたので、最初からLPレコードは対象外としました。
しかし少々調べてみると、ロックという音楽ジャンルでオリジナル盤を探したり適切な再発盤を
探すことはジャズ以上に大変なことのようです。

 

 141020 日本発、世界のジャズへのメッセージ:「間 (ma) 」

ジャズという音楽ジャンルには何故か黒人、白人、日本人が言わば「揃い踏み」で登場します。
しかし、例えば欧州の白人の民族音楽ともいえるクラシック音楽の分野に黒人は登場しません。

更に、日本の歌謡曲のような歌モノについては白人も黒人も居りません。日本人オンリーの世界
です。これは、要するに日本語・日本の文字文化が極めて特殊だからだろうと考えていました。
「荒城の月」は「コウジョウノツキ」であってはならず、「Moon Light Over The Ruined Castle」でも
ないということは、子供の頃から世界で最も複雑な文字文化を叩き込まれた日本人にとっては
当たり前です。しかしアルファベットの文字文化で育った人達にとっては全く理解不能だろうと思わ
れます。
要するに日本の音楽文化(特に歌モノ)はもうほとんど袋小路状態だと考えていました。

しかし1964年の東京オリンピックを回顧するTV番組を観ていてハッとしました。
それはつまりこういう事でした:
大会を開催する前にオリンピック組織委員会の関係者が日本を下見に来て、カイゼンすべき点
を指摘するのですが、その中のひとつが日本語の看板や案内が外国人には意味不明で全く分か
らないということでした。加えて当時の日本人の殆どが英語を話せない。
この指摘を受けて(当時はデザイナーとは言われなかった)日本の図案屋達が奮起、オリンピック
史上初めて大会のシンボルマーク、競技マーク・施設マークなどの絵文字を生み出したそうです。
その際に参考になったものが日本が元々持っていた精緻な紋章文化だったとのことでした。
つまり日本の文字をそのままローマ字化するわけでもなく、英語を使うわけでもなく、一気に高度に
抽象的な絵文字の世界を作り上げたわけです。それは来日した外国人に対して人種を問わず
通用しましたし、そのやり方は世界中に(いわば世界標準として)広まったわけです。

さて、誰がという具体的な話しではないのですが、米国へ渡った日本のジャズ・ミュージシャン達が
”日本的”というテイストを出そうとする場合、どうしてもそれは「マイナー調、ヨナヌキ」ということに
なりがちです。それ以外の手が見当たらないというか、考え付かないからだろうと思います。
しかしそれでは世界には通用しないという事はもう明々白々、実証済みです。

しかしオリンピックのシンボルマークじゃありませんが、従来の日本のメロディーラインをそのまま
使うのではなく、日本の芸能界が従来から持っていて、私達にも理解でき、黒人や白人にも理解
出来る要素技術はないものだろうか?と考えてみました。
思い当たったモノが「間」でした。日本語にはこの「間」に関する言葉が沢山あります。それだけ
この「間」に関する感覚が鋭いのだと思われます。例えば「間合い(を計る)」「間抜け」「間引き」
「間がいい(悪い)」「間を持たす」などなど。

そして思い出したのがマイルス・デイビスの発言でした。彼は自分のバンドのハービー・ハンコック
に向かってこう言っています:
「『コードに音が多すぎる。コードははっきりしているし、サウンドだってそうだ。だから低音部の音を
全部弾く必要はないんだ。ロンに任せておけ』 (中略) 弾きすぎないことだ。たとえ一晩中座って
いても何も弾かなくたっていい。88鍵もあるからって、ただ馬鹿みたいに弾いてしまわないことだ。
特にピアニストとギタリストは、よくそうやってしまうけどな。いつだって弾きすぎるから、常に抑え
ないとダメなんだ」(「マイルス・デイビス自叙伝U」p.101)
マイルスは音数を減らすと(自由な)スペースが増えると考えていました。この「スペース」は日本で
言うところの「間」と同じ概念だと思います。

もし音楽語に「メロディー語」と「リズム語」があるとすれば、白人と日本人の音楽は明らかにメロ
ディー語本位です。リズム語については主に黒人の文化です
生まれつき、というより小さい頃にリズム語の教育を全く受けていない日本人の場合、リズム感が
ないと言われるのは仕方ありません。実際に話すことも理解することも大変難しい。
しかし、「間」ということについては日本人は相当鋭い感覚を持っているのではないでしょうか。

「リズム語」と「間」の間にどのような関連があるか、今のところ全く分かりません。しかし何かどこか
通じているのではないかと感じます。

 

 150422 BMW MINI ONE (R56)の事


この車、会社設立と同時期に購入しました。
今まで勤め先のこともあり、三菱車(それもマニュアル車)ばかり、この機にオートマの
欧州車を経験するのも悪くないと考えたのです。

満7年目の車検が近付くにつれ、たいして乗るわけじゃないし、日本車では考えられない
部品の不具合もあったし、ディーラー任せにしていたので結構維持費用も掛かっていたし
今後はますます維持費用がかさむだろうし、もう手放した方がいいかもしれないと迷い
ました。しかし、どうも理屈ではなく気持ちの方が「イヤ違うよ」と言っているようで
ふんぎりがつかなかったのです。

結論からいうと、7年目の車検を終えた後、もう一度初心に帰って何とかこの車を維持
するためにディーラー任せではなく自分で出来る事は自分でしようと工夫をする決意を
固めました。翻訳ものなので実に分かり難い取説も改めて精査し「車全体の考え方」を
理解しようと努めました。

ドイツ人の考え方にはこちらには分かり難い事が沢山あり大変ですが、まあそれは異文化
との交流という面白さでもあります。例えば:
−ブレーキングに関する考え方(これはブレーキパッドの材質・寿命に関係します)
−エアクリーナー廻り(これはいまだに理解出来ません)
−コンピュータの担当範囲に関する考え方

ちなみにオーディオシステムについては、故障も含めてこうした面倒な事がイヤなので、
基本的に外国製品とりわけビンテージ品は使いません。国産機の中でも信頼性・耐久性の
高いものを選びます。

さて、少しあれこれ試行錯誤をしてみたところ、正規ディーラー任せにするより、自分の
目と耳、知恵を働かせれば、この車の健全性を損なうことなく、費用的にも今までの1/2
から1/3で維持してゆける見通しが立ちました。
何しろこの車については私の方がディーラーのスタッフよりよく知っていてはるかに経験
値も多いわけですから、当たり前といえば当たり前。おまけに私がどのような乗り方を
してきたかは私しか知らないのです。

こうした安心な状況になってみると、ドイツ人もたいしたものだとかこの車にも良い点が
あるなあとか感じる余裕が出てきました。

更にシメシメと思った事がありました。このR56というモデル以降、BMW MINI全体と
して大型化しました。これじゃミニじゃなくてデカじゃないかと思っていましたが、

最新のMINI ONEF56といってR56の2世代後)は全幅が拡大して何と3ナンバー車!
しかもエンジンは3気筒
1.2リッターのターボ付きです。

R56は勿論5ナンバー車で、エンジンはノーマル・アスピレーション1.4リッターの16
バルブですから、メンテナンスはR56の方がはるかにラクです。R56には価値があると
いうことになります。

 

 150423 適温のコーヒーがイイ

毎朝、煙草を吸いながら大きなマグカップでコーヒーを楽しむことが日課です。
この儀式をしないと今日一日を乗り切る気力が出てきません。

問題はコーヒーが段々冷えてしまうことです。温度が下がると私にとっては美味しくなく
なるのです。不思議だといえばそうなのですが、私にとってのコーヒーの適温ということ
があります。

そこで重宝するのが電子レンジ。手元にある電子レンジの場合、「自動温め」にしてチン
と鳴ったとき(=あと何分何秒の表示が出たとき)が頃合いで私にとっての適温です。
コーヒーを飲み干すまでにこの作業を何回か繰り返すことになります。

そういえば喫茶店などではこうしたサービスはやっていませんね、見た事がない。

常に適温のコーヒーを飲めるということは実に有り難いことで、私としては大満足。

これと似ているのがオーディオ装置の音量です。音量の大きさ、低域と他の帯域の
バランスでサウンドの風景は変わります。
間違いなく、それぞれの人に合った音量と帯域バランスがあるはずです。

 

 150429 サウンドの景色−今更ですが、音量と帯域間バランス

少し前の事ですが、アンプの最も重要な役割は音量の調整だという記事を読みました。
その時は気にも留めなかったのですが。
そういえば大分前にはアンプのトーン・コントロールはどんどん使うべしと、確か菅野
沖彦さんの本だったと思います。
多くの(?)オーディオマニアと同様、私はトーン・コントロール海路をバイパスする
方が音信号の劣化が少ないと思っていましたので(実際今でもそうしています)、これに
ついても無関心でした。
しかし最近、音量と低域(と他の帯域の)バランスによってサウンドの風景が変わる、
うまく調整すれば同じレコード盤からより活き活きした演奏や雰囲気を引き出せる事に
気付いてビックリしました。これは勿論嬉しいわけです。全く迂闊でした。
概して音量をいつもより少し上げた方が、あるいは低域を少し持ち上げた方が私にとって
サウンドの景色がよいようです。ただし部屋自体の能力もあるようで、やり過ぎると破綻
します。
どうでしょうか、今までのMax.90dB5dB程度上げるとイイ感じになります。
やはり部屋の遮音性能が高いとラクですが、隣人や家人が不在の折に試してみるといいと
思います。
なお念の為に申し上げます。決して「大音量がイイ」というわけではありません。
「大音量は七難を隠す」などと言いますが、これはむしろ逆です。大音量の場合音質の
アラはむしろ目立ってきます。

 

 150521 気になっていたGEバリレラ・カートリッジ

GEパリレラ・カートリッジが気になっていた理由ですが、某宅でMiles Davisの”Four & More”
(1964年のオリジナル盤?)の鳴りっぷりが良かったからです。

ただし、カートリッジがGEバリレラだからということだけではなく、某宅では当時この高出力型
カートリッジを真空管のフォノイコで受け、アンプも真空管、スピーカーは高能率の大口径同軸
ユニットを大型のバックロードホーン箱に入れているという、一言でいえば1960年代のシステム
だったからだと思われます。

この”Four & More”というアルバムを現代のシステムでうまく鳴らすことは本当に難しくて、こちら
は苦労していました。しかし未だこれでOKというレベルのレコード再生は出来ていません。

さてこのGEバリレラ・カートリッジ、改めて調べてみますと、MC型でもMM型でもなくてMoving
Iron(型)というそうです。構造図を見ても分かり難いのですが、針廻りの部分(=針ユニット)の
鉄片がカートリッジ本体の磁石で磁化され、それがカートリッジ本体のコイルのピックアップ部分
の間で振動してコイルに信号電圧を発生させるという仕組みです。
コイルの巻き数が多いので出力電圧も大きいというわけです(コイルの直流抵抗は何と600Ω、
これは通常のMC型の50倍くらいです)。

このカートリッジ、針圧4g、負荷抵抗47kΩとして現在のシステムで使って使えないことはないで
しょうが、それではバリレラ本来の真価は発揮出来ないと思われます。やはり最低でもこれに
合う昔のトーンアーム、専用の真空管式フォノイコは必要でしょう。これはちょっとヤル気になれ
ません。

まだ達成出来ていませんが、やはり現行の現代システムで何とかオリジナル盤でも再発盤でも
いいから”Four & More”を鳴らしたいと思います。

 

 150610 ジャズ・オリジナル盤のCD化販売が無いのは何故?

アナログレコード再生を再会して早や5年、新品再発盤主体でやっています。
たまに、このアルバムのオリジナル盤のサウンドはどうなのかなあと気になることがあります。

そんな時、インターネットで注文して、CD化されたそのオリジナル盤のサウンドを資料として
入手出来ればさぞかし有意義だろうと思うのですが・・・そういうサービスはこの世の中に全く
見当たりません。

マイルス・デイビスのプレスティッジ時代の再発盤レコードは1500円前後で入手出来ましたし、
再発CDにいたっては千円前後で販売されていることを考えると、著作権上で大変なコストが
掛かるということではなさそうです。

技術的な問題も殆ど見当たらなくて、要するにオリジナル盤再生に適したアナログ再生システム
のアナログ出力信号をプリ(メイン)アンプの録音端子から取り出して、AD変換してパソコンへ
送ればいいだけの話しです。
AD変換については、いわゆるハイレゾである必要は全くありません。いきなり16bit / 44.1kHz
というCD規格にしてしまっても構わないと思います。

1枚2千円程度であれば、私の場合でも何枚かは購入すると思います。

 

 150613 我が意を得たり!?

たまに覗いて参考にさせていただいているレコード盤に関するネット記事があります。
それは 『ちょっとめずらしい?じゃず・レコード盤???』です。

最新のvol.45のひとつ手前、つまりvol.44を読んでいたら、次のような文章に出くわしました:

「マイ・ブーム (注: この言葉の意味は分かりません)
 新宿のスタバでボーッとしていたら《cool struttin'》や《blue train》が流れてきてしばらく聞いて
 いた。
 外で聞くジャズもなかなか良い。iPhoneにでも50年代ハードバップでも入れよう。
 しかし50年代のCDを1枚も持っていない。
 買うのもバカらしいしレコードから録音することにした。
 とりあえず96/24、flacでHDDに保存してからiPhoneで聞く方法でも考えよう。
 やりだすと止まらないけど、1日5,6枚ってところかな?
 PCで再生したけどレコードとあまり変らないようだ。
 そうなると何を録音して持ち歩くか考える方が楽しい。『Blue Note』『Prestige』『Riverside』100枚
 目標に頑張ろうっと・・・飽きなきゃ良いけど・・・思いつきだから自信がない・・・

 注)96/24とは24bit/96kHzのことで、flacとはオーディオ・ファイルのフォーマット(ロスレス圧縮)
   のことです。Windowsで入出力可能。
   例えばPCMのWAVファイルでも勿論24/96はOK、Windowsで入出力出来ますが非圧縮と
   なります。

 (中略)
 さて、カセット時代と違いデジタルは録音が楽だ。KOを片面ずつ垂れ流し的に録音して、後日に
 曲ごとに編集し、タグを追加して終わり。
 音もレコードの匂いがするし、気合を入れて録音すれば音楽喫茶が出来るなどと録音しながら
 変なことを考える。この歳になって自分ではやりたくないが、ジャズ喫茶でもオーディオ喫茶でも
 良い〜音源も聞きも何とかなりしなぁ。
 オリジナルアナログレコードの音源にこだわったオーディオ喫茶はあまり無いなどと1人妄想
 している」

なおこの記事は http://more.main.jp/index.html#Anchor-14210 からご覧いただけます。

この記事の著者を仮にモアさんとしましょう。
モアさんは筋金入りのジャズ・レコード・オリジナル盤のコレクターで、それに適した再生装置を
使用しておられます。

私がシメタと思った事は次の2点でした:

1 「音もレコードの匂いがするし」(モアさんのサウンドに対する感覚は間違いない)
  うまくやればCDの規格16bit/44.1kHzでもオリジナル盤の匂いは残せそうです、というか残せ
  ます。

2 「オリジナルアナログレコードの音源にこだわったオーディオ喫茶はあまり無い」
  オリジナル盤を所有していて、レコード演奏をするジャズ喫茶は勿論あります。
  しかしジャズレコードのオリジナル盤のサウンドをCD化して販売出来るレコード会社は皆無
  です。
  皮肉なことですが、レーベルの所有関係は変遷が激しくて、自社が保有するレーベルの
  オリジナル盤などは保存伝承されていないし、今更集めるといってもとても出来る事では
  ありません。

つまり誰もやったことはなさそうですが、とにもかくにもオリジナル盤の香りを残したサウンドを
CD化する事は出来そうだということです。

レコードプレーヤーの形をしていますが、USBの出力端子を備えていて、レコードの音を簡単に
パソコンへ入れてCD化出来る安価な製品の新聞紙広告を見ていますし、手持ちのレコードを
CD化している人がいることも承知しています。
しかしそれは無駄な事だと考えていました。レコードをかける方が余程音質的にもいいからです。

しかし相手がオリジナル盤となれば話しは全く別です・・・。

 

 150625 トヨタの米国人女性役員の麻薬密輸容疑

この事件、どうにも気になりました。疑問点が幾つもあります。

まず疑問その1
何故「オモチャのペンダント」に問題の錠剤が「隠されていた」のか?です。
被疑者は裕福な55才の女性、二人の娘さんは成人しているそうで・・・一体誰が「オモチャの
ペンダント」を使うのでしょうか?
空港の手荷物検査を思い起こしてみると、X線透視検査でこのオモチャのペンダントは引っ掛かる
可能性があります。金属製の場合はオモチャと本物の区別がつきません。麻薬の密輸というより
宝石類の密輸を疑われる可能性があります。わざわざそんな事をしますか・・・。

小包の内容物として「オモチャのペンダント」は申告されていたのでしょうか?
米国から中古レコードを送ってもらったときの送り状は次のようになっています。
送付システム: US POSTAGE & FEES PAID
          FIRST CLASS MAIL INTERNATIONAL PACKAGE
          "Mailing Office Date Stamp"が押されています
これはイメージとしては「郵便小包でしょうか。
当然小包の内容についての記載欄(Customs Declaration CN22)があり、
そのContents欄には"Merchandise"という項目にチェック印が入り、
"Detailed descriptions of Contents"は「LP]となっていて、"Qty."は「1」、"Weight"は「1lb」、
"Value(US$)"は「39.99」です。
そして「内容物については申告の通りで間違いない、危険物は含まれていない」という趣旨の
宣言文があり、送り主のサインがあります。
他の送り状も見ましたが、やはり内容物についての申告をして、それに間違いないという宣言を
して署名しています。
つまり小包の送り主(受け取り手ではありません)は当然小包の内容を承知して送ったということ
になります。

次の疑問です。疑問その2
何故錠剤の数は「57」なのか?
57という数字は一応3で割り切れますが、激痛の痛み止め(=劇薬)を毎食後に服用するとは
考えられません。
この57という数字はいかにも中途半端です。「60」というような切りのいい数字になるのが自然
です。

そもそも私が被疑者だとすると、本当に膝の痛みが激痛だとして、仕事で日本に長期滞在しなけ
ればならないとしたら、当然かかりつけの医者に「どうしようか?」と相談すると思います。
一番便利なやり方は日本の医者を紹介してもらって、そこで薬を処方してもらうことです。
持病だとすれば、メディカル・チェックでトヨタ側にも承知しておいてもらった方がいいでしょう。
日本に適当な薬が無いということでやむなく米国から薬を持って行かねばならないのだとしたら、
どうやって持って行けばいいのか、やはり医者に相談します。どうしても必要な薬なら持参する
方が安心です。

ここから先はもう想像というか妄想の話しになります。
被疑者が本当に麻薬中毒だとしたら、自分宛に薬を送ることは避けるのではないでしょうか。
中毒患者はアルコールでも麻薬でもその事実を隠そうとします。
もし送り主が本人で、なおかつ内容物として錠剤の申請が無かったとしたら、麻薬を密輸する意思
があったということになります。
しかし送り主が本人ではなく、内容物の申請に薬の記述が無かったとしたら、本人に密輸の意思
があったかどうかは分かりません。
もし送り主が本人ではなく、内容物の申請に薬の記述があったら本人には密輸の意思は無かった
といってよいでしょう。

いずれにせよ、いろいろ疑問点が多い事件です。真相は一体どういうことなのか是非知りたい、
早く解明してほしいと思います。

ここまで書いたところで、読売のネットニュースで次の事項が警視庁への取材で明らかになった
と報道されました。
1 小包の送り主は被疑者の父親
2 小包の内容物申請は「ネックレス」
そしてもうひとつ
3 本事件が発覚したきっかけは成田税関の検査ではなく、米国からの情報提供
さらに時事通信のニュースでは問題の薬は被疑者の父親に処方されたものではないかとのこと。
また、小包にはネックレスも入っていたそうです。

これらから分かる事は、被疑者は薬物依存症でそれはかなり長期に亘っていること。そしてその
事実は家族(ハズバンド、娘二人)も知らなかったということ。当然トヨタも知らなかったということ
です。
この事実が何故いまになって密告されたのか?また密告者は誰か?という点については、被疑者
がトヨタの役員になってからこの事件が起きたという事で推測がつきます。
この家族にも隠されていた薬物依存症を知っていたのはごく限られた関係者で、その人物が密告
にも関与したとみて間違いないと思います。

やはり被疑者はクロ、違法性の認識もあったのではないでしょうか。
また、薬が60錠でなく57錠だったという点については、父親が自分で服用するために取り分けた
か、小包に入れ損なったのではないでしょうか。

そして最大のポイントは、拘留中に禁断症状が出るかどうかです。もし禁断症状が出ずに膝の
痛みが出るようなら被疑者の主張は正しいということになります。

 

 150629 トヨタの米国人女性役員の麻薬密輸容疑(続)

今回の文は「全くの余計なお世話」です。ご勘弁いただきたいと思います。

今頃は被疑者の禁断症状はピークかもしれません。

マイルス・デイビスの場合は1953年末(?)にヘロインの禁断症状のピークを克服しましたが、
本当にヘロインと手が切れるまでに何だかんだその後約1年かかっていますし、コカインについて
はその後も終生楽しんでいたようです。

今回の被疑者の場合、拘留は薬物中毒から抜け出すよい機会ではないでしょうか。そのきっかけ
になれば無駄な時間にはならないと思います。

とはいえトヨタの役員への復帰も含めて、そうした方面での社会復帰はもう無理でしょう。
まずは家族に事の経緯を説明して謝罪しなければならないし、勿論トヨタに対しても謝罪しなけれ
ばなりません。
協力者であった高齢の父親が逮捕されるかもしれないので、その問題にも対処しなければなりま
せん。

最大の問題は家族も含めた自分自身の生活の再建です。何しろ今までは高給取りだったわけで
すから、一体どうすればよいのか?です。

「手」が無いわけじゃないと思います。それは自叙伝のような本を書くことです。
何故薬物中毒になったのか、何故自分でそれを止められなかったのか、などなど。
対トヨタも含めて日本社会、米国社会に対する謝罪の気持ちをうまく表現出来ればベストセラー
間違いなし、ピューリッツァー賞も取れるかもしれません。

この辺を日本の出版社、例えば幻冬舎あたりが察知して今頃企画を立てているのではないかと
考えています。
何しろ舞台は米国と日本の大企業ですから話題性は十分、やりがいのある仕事です。

私の考えによりますと:
仮に日本の出版社が動くとして、まずはトヨタの社長を口説かねばなりません。トヨタの社長を
口説き落としたら、次は被疑者本人です。
被疑者は自分を信頼して起用してくれたトヨタの社長には恩義を感じているはずですし、何より
自分の経済的な苦境を何とかしなければなりません。
また出版社としては、本の名目の著者は被疑者本人だとしても、共同執筆者という形で優秀な
米国人と日本人のライターを用意する必要があります。
こうした先行投資が必要ですが、十分それに見合った、いやそれ以上の見返りを期待出来ます。

何しろ今回の事件、被疑者本人、被疑者の家族、トヨタも傷ついていますが、本当に深刻なダメー
ジを受けたのはアメリカ社会そのものではないかと思います。
数十年前には「パックス・アメリカーナ」という言葉があり、アメリカ流のやり方・考え方が正しいの
だと、まあそういうことでした。日本のみならず世界のかなりの国がそれを受け入れざるを得な
かったわけです。
しかし今回の事件は特にそうだと思われますすが、アメリカ社会そのものが行き詰っているので
はないかという可能性を強く示したように思います。
それを本という形式の記録で残そうというわけですから、これは正に「プロジェクト」です。
当然最初から日米同時出版という前提です。

さて、余談になりますが、村上春樹氏の著書が何故世界中で売れるのか? それは同氏が最初
から翻訳されたらどうなるかを計算して執筆しているからだと思います。同氏は翻訳者としても
沢山の仕事をしているからそれが出来るのだろうと思います。
今回のプロジェクトも同じです。日本語で物事を考えることと英語で物事を考えることには大変な
違いがありますので、その壁を乗り越えて、可能な限り同じようなニュアンスが日米の読者に正確
に伝わるようにすることが重要です。

150708 後日談
被疑者はトヨタの役員を辞任、警視庁は被疑者を起訴猶予とし釈放しました。

 

 150705 言語が違えば考え方も違ってくる

この頃はそのことをつくづく思い知らされる機会が増えました。
テレビで昔の米国映画を字幕スーパーで沢山放映しているからです。

そもそも一体なぜこの事に気付いたのか? 思い返せばそれはやはり映画です。
”THE LONGEST DAY” の中のセリフ 'Go on' でした。

この仮説は東日本大震災の復興支援ソング「花は咲く」の英語バージョンを聴いて確信に変りま
した。英語の歌詞には日本語の歌詞には出て来ない「heaven」という言葉が登場します。

改めて考えてみますと、例えば「荒城の月」の「荒城」も「月」も漢字でなくてはならないわけです。
幼児の頃から日本語を叩き込まれたという意味での日本人にとっては当たり前のコトですが、
外国人にとっては全く理解出来ないのではないでしょうか。これは日本の歌モノが世界でヒットしな
い最大の理由だろうと思っています。

それにしても英語で物事を考えると、考え方が直截になるというか、シンプルになるというか、いい
悪いは別にしてそんな感じです。日本人にとっては違和感があるかもしれません。

おそらく言語はその民族の生活から発生したものでしょうから、狩猟民族の場合はクイックさが
要求され、農耕民族の場合はスピードはそれほど重要ではなかったのかもしれません。

さらに、考え方が違えば当然行動様式が違ってきます。「人類みな兄弟」? トンデモナイ。
ついつい相手の中に自分と同じような考え方・行動パターンを見つけようとしますが、「違い」に
着目した方がよほど無難です。
まして相手が自分と同じ考え方をしていると思い込むことははっきり言って「危険」です。

 

 150707 なでしこジャパンの決勝戦

私の予想は米国の勝利。でも2:1くらいで終わってほしいと願っていました。

理由は4年前の決勝戦です。常に米国に先手を取られていましたし、延長戦での澤選手の神が
かり的なゴールを今回も期待することは間違っていると考えていたからです。
それに日本選手は皆4歳年をとったわけですから、その点も考慮されなければなりません。

ところが、試合中継を観ていたわけではなくネットで途中経過を調べていただけですが、試合開始
早々に2点先行され、前半の前半で4点差という事態に「一体何が何だか訳が分からん」状態に
なりました。
トーナメント戦をとにかく勝ち上がってきた守備陣がここまで簡単に崩壊するとは考え難かったか
らです。

一晩経ってようやく事態が呑み込めました。3年前のロンドン・オリンピックで2点を献上した
ロイド選手を押さえ込むことが出来ず今回は3得点を許したということですから、これはもう完全に
力の差があったということです。

そもそもなでしこジャパンがトーナメント戦を全て1点差で勝ち上がったことが不思議でしたが、
要するにもう「一杯・一杯」だったのですねえ。

今回のワールドカップ、なでしこジャパンにとって試合日程的には恵まれませんでしたが、試合の
組み合わせについては恵まれていたのではないでしょうか。

それにしても米国にコテンパンにやられた決勝戦でした。前半の前半の4点はやはり余計です。
選手の世代交代を進めて新しいチームを作らなければならないように思われます。
もちろん、今回はこのような結果になったけれど、だからといって4面前の金字塔が色あせるわけ
ではありません。

 

 150708 昔の映画(といっても戦後のものですが)を観ていると

この頃はTVで昔の映画を沢山放映しています。懐かしくもあり、一体何故こんな映画があの頃
流行したのか不思議でもあり、録画しておいて折々眺めています。

視覚に訴える映画やドラマは音楽より人々に対する影響力が強い、別の見方からするとその
時代の世相を映し出す鏡のようなものです。しかし映画を観てもその時代の人々の気持ちはなか
なか理解出来ません。
初期の007シリーズなどは映画セットも安っぽいし、ストーリーなどは荒唐無稽です。
一方の邦画は、ほとんど歌謡ショーとしかいえないような時代劇があったりします。それでも小津
安二郎監督の作品などは、舞台装置としての住宅は随分変りましたが、家族の人間模様はそれ
ほど変っていないせいか違和感はあまり感じません。

「歌は世に連れ、世は歌に連れ」などと言いますが、流行というものは実にはかないものです。
一時は大層威勢がいいのですが、いったん廃れるともう二度と見向きもされません。
その点、クラシックと呼ばれる作品は違います。文芸作品でも古典と言われるものは長命です。

どちらがイイというわけではありませんが、仕事や商売でなく長く付き合うのなら、やはり時代を
超えた価値を持つものの方が取り組み甲斐があります。

ジャズの世界にも似たようなことがあって、いわばジャズのクラシックとでも言える作品群が沢山
あります。過去に大ヒットしたポップスと聴き比べるとすぐその違いが分かります。
エネルギー感もあるし、全く古さを感じさせません。

 

 150715 再発レコード盤の価格が大幅にUP

5年前の状況と比べると全く信じられないような事態になりました。

マイルス・デイビスのPrestige時代の「ingシリーズ」などはOJCの再発盤で1,500円位でした。
これらの再発盤は、ジャケットのボール紙の品質があまりよくないのですが、盤に刻まれている
サウンドも盤自体の品質も悪くなかった。音楽の鑑賞には十分耐えられる内容でした。

しかし今や同じ盤が約2倍の価格になっていますし、再発盤の品揃えも数が少なくなっています。

元々再発盤の世界でも品切れになると突然価格が2倍以上に跳ね上がるという事はありました。
しかしこの現状を合理的に説明することは難しく、円安になったといってもせいぜい5割程度の
価格上昇で済むはずです。

こうした状況になると必要なレコードをどのようにして妥当な価格で入手すればよいのか、真剣に
工夫しなくてはなりません。

通販でリーズナブルな価格の再発盤を入手するというやり方は手堅いし便利だったのですが、
今のところこれに代わる決定打は見出せていません。

ネット頼みだけではダメで、実際に中古レコード店を回ってみる必要が出て来たようにも思われ
ます。しかしだからといって必要なレコードが(良い状態で)見つかるかどうか、その価格が妥当
かどうか全く保証はありません。本当に困ったものです。

 

 150802 マイルス最後のLPアルバム、購入の仕方で凡ミス

一言でいえば「情報の軽視」と「自分勝手な思い込み」が原因です。
これじゃまるでかっての日本軍と同じじゃないかと反省しました。

マイルス自身が制作に関与したラスト・アルバムは”Amandla” (1989年)ですが、その前作”TUTU”
(1986年)については既に入手済みでした。
”Amandla”についてはWarner Brothers (以下W.B.)の米国盤CDを持っていたので、LPの入手は
後回しにしていました。
LPの”TUTU”(ワーナー・パイオニアの国内盤)の入手には苦労しなかったので、状況を甘くみて
いたということになります。

いざ”Amandla” のLPを探し始めると日本市場ではほとんど品物が見つかりません。たまにあって
も全てSOLD OUTです。
ここで焦りが生じました。その結果、(コンディションの良い)品物の確保をとにかく最優先にし、
価格については目をつぶるしかないと腹を決めました。
何しろ1989年というと、これはもう完全にCDの時代です。W.B.がLPも出したとすれば、それは奇跡
と言ってもいい。世の中に出回った数も極端に少ないのではないでしょうか。

一応6月に浅草で開催された中古レコード・CDフェアで探してみるという手順を踏んだ上で(やはり
見当たりません)、急いでAmazonの出品者に注文を出しました。
2週間ほどして盤が届いてみると、制作はドイツのレコード会社(WEA MUSIK GMBH)、販売先は
UK、発送元は仏国でした。レコード番号はUK: WX250 925873-1、勿論W.B.の米国盤ではありま
せん。

Discogsのサイトでこのレコードの出品状況を調べてみると、欧州ではかなり出回っていて価格も
かなりこなれているというか安いことが分かったのです。
Discogsについては米国のショップで盤を手配した事があります。しかし送料がかなり高くつくし、
決済はPayPalを使わなければならないので、このサイトを利用して盤を購入することにはあまり
気乗りがしません。
しかし国内市場で見当たらないからといって焦ることはなかったのだと思いました。

改めて調べてみると”Amandla”についてはワーナー・パイオニアの国内盤は存在しないようです。
(本当に難しい)。

1986年、1989年というとマスター音源はデジタルです。デジタル音源からアナログ・レコードを作る
わけですから、プレスを米国でやるか、日本でやるかドイツでやるかで多少の音質の違いは出て
くるかもしれませんが、基本的なサウンドは同じはずです。これはマスターがアナログ・テープの
時代とは全く違います。マスター・テープのダビングによる音質劣化は考慮しなくてもよいという事
になります。

いずれにしても、極端な話し、アルバム(が出た年代、背景)によってベストな入手方法は異なって
くると言ってもよいのではないでしょうか。おおいに反省した次第でした。

 

 150901 故瀬川冬樹著「オーディオABC(上・下)」雑感

それは「今の機器を用いてSPレコードを再生する机上プラン」を書いていた時のことです。
このプランの核心はプリ(メイン)アンプに元々備わっているトーンコントロールを活用してSP
レコードの(マチマチな)録音・再生イコライザーカーブを擬似的に実現出来ないかという点にあり
ました。
そもそもプリ(メイン)アンプのトーンコントロールの特性は一体どうなっているのかをネットでも
いろいろ調べたのですが、やはりというかまたしてもというか瀬川氏の「オーディオABC」のネット
記事に出くわした次第でした。
レコード再生に関して、これまでもこの記事にはお世話になっていたのですが、このネット読本、
文章のみで図表の類は一切載っていません。
トーンコントロールの特性についてはどうしても本来あるはずの図表が無いと文章の意味を理解
することが困難です。

そこでいよいよというかとうとうというか原本を探して入手することにしました。
ネットでざっと探してみると、1977年発刊のこの書籍、案外あちこちで出品されていました。
例えばAmazonでの出品状況ですが、上巻が1,000円位、下巻が3,000円位でした。
不思議なことは上・下セットではなく上、下がバラバラに売りに出されているということでした。
何故下巻の方が高いのかは分かりませんが、上・下セットで4,000円程度ということになります。
私の場合は「日本の古本屋」というサイトで上・下セットを盛岡市の古本屋から4,000円で購入
しましたが、レコード再生に関しては上巻だけあれば十分です(下巻はテープデッキとFMチュー
ナーに関する解説)。

さて、この瀬川冬樹氏という人物については、かねてより文章を通して伝わってくる真面目さと
いうか誠実さを感じていましたが、今回購入した原本から受けた印象も同じでした。
これは現在のオーディオ評論家の文章からは全く感じられない、本来あるべき評論家の矜持だ
と思います。
もう何年も前のことですが、戦後まもなく発刊された「スイングジャーナル誌」が廃刊に追い込まれ
ました。それと全く同じような構図で、オーディオ雑誌もやがて(間もなく?)ダメになるだろうなどと
思っています。

何しろ38年前の本です。この部分はもう少し書いてほしかったとか、当時は存在していなかった
新技術・新素材、音源の重要性とこれに関する様々な知見など不足している事は多々あります。
しかしレコード再生に関する限り、基本的な事項は全てきちんと押さえられていると思います。

レコード再生については1980年前後の名機と言われた国産のプリメインアンプをレストアして
使ってみることも有力な案じゃないでしょうか。信頼出来るショップ(例えば浜松のサウンド・
ジュリア)に依頼してみればいいのかなあなどと考えた次第でした。

 

 150918 レコードの溝にはまだ埋もれているサウンドが沢山あるって?
       いやそれは違います!

どういう事かというと、フツウの針先であればレコード溝に記録されたサウンドは全て拾っている
はずだということです。しかし拾っているはずのサウンドが目立たないとか聴き取り難い場合は
「マスキング現象」によると判断してよいと思います。

この「マスキング現象」とはどういうことなのか? 日常生活で誰でも経験しているし、経験出来る
事柄です。試しにテレビとラジオを同時に鳴らしてそれぞれ音量を上げ下げしてみて下さい。
音量の差が大きいと小音量の方は何をしゃべっているのかさっぱり分からなくなります。
これは、より小さな音量のサウンドはより大きなサウンドに邪魔されて聴き取り難くなるという現象
で、経験上は5dBくらい違うとかなりはっきり実感することが出来ます。
つまりサウンドの中にサウンドが埋もれてしまうわけです。

ジャズ・レコードに収められている演奏を改めて注意深く聴くと、ソロを取っている楽器の音量が
ミックスダウンの際に大きくなって強調されている事が分かります。
もちろん演奏者自身が互いに演奏自体を調整しているわけですが、ミックスダウンではそれを
より効果的にするためにさらに調整をしているわけです。その理由ですが、特定の音にフォーカス
可能な人間の聴覚とは違い、マイクはいわば無差別に音を拾ってしまうからでもあります。

一体今使用している針でどの位の音を拾えているのか? 簡単にチェックする方法は「等身大の
サウンド(=その辺でピアノが鳴っているようなレベルのサウンド)」でレコードを再生してみること
です。真っ当な音源であれば、結構ちゃんと音を拾えている事がすぐ分かるはずです。

確かにレコードを丁寧にクリーニングする事はいろいろな意味でよい事です。しかしレコードを
クリーニングしたからといって、あるいはカートリッジを高価なモノに変えたからといって、今まで
拾えていなかったサウンドが突然拾えるようになるなどということはまず起こり得ません。

同じような事はアンプのノイズについても言えます。アンプのS/N比はそりゃいい方がイイとは
思います。しかしフツウの(価格の)アンプでもレコード再生には十分な性能を持っています。
「バックグラウンドノイズが減少したせいで音楽の細かいニュアンスが鮮明に浮かび上がった」
などという文章を見かけますが、ほとんど無意味な内容です。
何故ならば、部屋の暗騒音をZ特性(聴感補正無し)で測ってみると、どうしようもない低周波の
ノイズが常に付きまとっていますし、室内外のちょっとした物音が強烈なノイズになっている事が
一目瞭然だからです。

 

 151014 中古ジャズレコードの価格

これは店側の事情というか店主の考え方・価値観によって決まってしまうと感じます。つまり店に
よってマチマチです。

私がよく利用する大宮の「グリグリ」の場合:
1 たとえ国内盤でも日本で人気のプレーヤー・アルバムについては高値の設定。
2 再発輸入盤(例えばColumbia自身が再発するマイルスのアルバム)は\1,380(2枚組は×2)。
3 ブルーノートのリバティ盤、UA盤(つまり輸入盤)は\3,980。
いずれも盤のコンディションはNMですが、ということになります。
傷盤でもオリジナル盤がいいという人もいますが、私の場合はほぼ傷無し(NM)の再発盤を選択
します。傷盤は音楽に集中できないし針先が傷む不安があるからです。

全国的にみればこれは比較的安い価格設定じゃないかと思います(助かります!)。

「グリグリ」と同じようにレコード通販のサウンドファインダーに加盟している池袋の「だるまや」は
高めの価格設定です。場所柄ということもあるのかなあ・・・。

またオリジナル盤のサンプルが欲しくて購入した盤はたいしたアルバムじゃないけれど\12,000。
購入先は横浜・上大岡のビッグ・ビート・レコードで、ここの店主はいつぞやアナログ誌の記事で
「うちは品質最優先にしていますので、よそさんより高いと思います」と言っていました。
まあ欧米に買い付けに行ったりすれば、そりゃ経費も掛かりますよね。

良質の盤を良心的な価格で提供いただける店が近所にあればサイコーですが、なかなかそうも
いきません。
例えば全国規模のディスク・ユニオンの在庫リストで探して近くの店へ送ってもらうとか、そんな手
もあるかもしれませんが、やった事ありません。

さて、余談になりますが、5年前はAmazonで1,400円位だったファンタジーのOJC盤(送料無料!)
が最近は倍位の価格になりました。全くトホホです。ただしジャケのボール紙の品質はかなりよく
なったようです(苦笑)。
このOJC盤、中古ではまず出てきません。現役で活躍中ということなのでしょう。
今年の7月に行った浅草の中古レコードフェアで1枚見つけたので(セロニアス・モンク)、即行で
購入しました。確か980円でした。勿論盤質に問題は無いことをちゃんと確認してのことです。
OJCの再発盤といえど、いったん品切れになるとたちまち価格は3倍位に跳ね上がります。全く
コワイ世界です。

最近の大ヒットと言えば、同じく浅草の中古レコードフェアで見つけた超美品の”1958MILES”の
価格が980円だったこと。しかしこういうラッキーは滅多にありません。

 

 151103 「レコード人気 若者にも」 生産数9月待つで昨年超 温かみある音色 再評価

これは本日、文化の日の読売新聞の記事の見出しです。

しかしこの「温かみのある音色」にカチンと来ました。この記事を書いた人、本当はレコードの音を
聴いたことないんじゃないかと思います。

記事に登場する埼玉県の女性の表現「音に臨場感があり・・・」の方がずっと適切です。

私流に表現すれば「デジタルの音は概して不自然、レコードの音は概して自然」、さらに「音楽の力
を感じられる度合いは、適切な音源を使用したレコードの方が圧倒的に高い」という事になります。

一般的に、デジタルの音は鋭く、アナログの音は滑らかという誤解が流布しているようですが、
実際は真逆です。
アナログレコードのサウンドはエッジが立っていて迫真性があるのに対し、CDのサウンドは一般的
にカドがとれて丸くなっています。これは聴き比べてみれば誰でもすぐに分かるコトです。

しかし、そうは言っても「アナログレコードvsCD」のような議論は不毛です。それぞれの長所・短所
をうまく組み合わせて利用すればよいと思います。

CDは「資料」として、またBGMの音源として活用出来ますし、真剣勝負で音楽と対峙するのなら
断然アナログレコードです。

 

 151122 えっ?! OJCの未開封盤?

いつも利用している中古レコード店のサイトを観ていた時の事です。
OJCの未開封盤がズラズラ載っているではありませんか!

私の経験では、OJC盤は現役で活躍中のものが多いとみえて、中古レコード店ではまずお目に
かかりません。
それがなんと未開封盤のオンパレードです。それも私には縁が無かったアルバムが殆どです。
さらに購入後に分かった事ですが、1954年±5年の範囲に散らばっているモノ盤が主体。
これは私にとってはラッキーです。マイルス・デイビスの場合1953年、1954年を境に演奏スタイル
が変っていますが、マイルスだけが変ったわけではない、ジャズ界全体が変ったのではないかと
考えていたからです。その辺りの様子がもう少し分かるかもしれません。

5年前は新品のOJC盤がAmazonで\1,400位だったのですが、今や倍近い値段です。
それがこの中古の未開封盤の場合、\1,380均一セールといったところ。半信半疑でしたが、早速
20数枚のオーダーを入れました。いわば爆買い、買占め状態です。こんな買い方は今までした事
がありません。
店主が忙しくて引取りは数日後になりましたが、実際にアルバムを手にしてみると、成程これは
言わばオールド・OJCだという事がよく分かりました。
OJCですから、オリジナルはPrestige、Riverside、Fantasyです。

お決まりの手入れをした盤を数枚聴いてみると、現在のOJCに比べてやや音圧が低いかなという
印象です。サウンドはまあよろしい、ジャケットのコンディションはOKです。
とはいえ、このオールド・OJC盤、よい事尽くめというわけではありません。保管方法が悪かった
せいか、反りのひどい盤もありましたし、プレスミス?という盤もありました。幸い再生には支障が
なかったのでホッとしましたが・・・。
また1949年録音のトラックで盛大に「チリチリ・パチパチ」ノイズが出ている盤が多くて、1949年録音
は鬼門だなあと思いました。

今回はついつい欲に駆られて衝動買いをしてしまいましたが、やはり本来の買い方は気になった
盤をコツコツと買っていくことだと思った次第です。

 

 151204 えっ?!電話代が1,144円?

これは本当にあった話しです。何しろ自宅の電話代なのですから。
11月の電話代口座引き落としが1,144円でした。ちなみに9月分は6,285円、10月分は6,337円
でした。

どうしてこんな事態になってしまったのか? そもそもの原因はNTT東日本のフレッツ○○セット
からぷらら光セットに乗り換えた事にあります。これはもう半年前、6月のことでした。

10月になって、それまではNTTファイナンスからの請求でしたから、Webビリングで請求内容が
見れたのですが、それがダメになり、NTT東日本に問い合わせたら@ビリングで見て下さいとの
こと。しかし請求内容がどうも変です。金額がやたらに少ない。

ぷららとNTT東日本の両方に問い合わせをしたら、次の様なことでした。

ぷららの言い分:
ぷらら光セットの料金もNTT東日本からの合算請求になる。

NTT東日本の言い分:
ぷららの料金は知らない。NTT東日本の分だけ請求して引き落とす。

そもそも、ぷらら光セットに移行した理由は月々の電話代を800円程度節約出来るからで、その
ときぷららは口座引き落としも含めて今までと何も変らないと言っていました。

一体どうなっているのでしょうか?このまま電話代が千円ちょっとという事態が続くのでしょうか。
しばらく様子を見ようと思っています。

大体ぷららはNTTの同族企業です。だから移行についても問題は起こらないだろうと思っていま
した。

後々まとめて未払い分を請求されたらどうしようかと考えてしまいます。しかし何しろ私自身は何も
していません。これはもうぷららとNTT東日本の問題です。

 

 151212 「良い」「悪い」じゃなくて・・・

子供の頃、大人達から「良い子になりなさい」「悪い事をしてはいけません」と言われた人は多い
のではないでしょうか。私もそんな育ち方をした一人です。

しかし、年を取るにつれ、どうも「良い」とか「悪い」では済まされない事々に遭遇する羽目になり
ます。

そもそも人間(人類)がしてきた事、している事、するであろう事は「良い」「悪い」という価値判断
の彼方にあるように思えてきます。

大体、人間以外の動物の世界では「良い」とか「悪い」という概念は全く存在していないように
見えます。

とはいえ、仏教国のタイでは、善行を積めば(=功徳を積めば)成仏出来ると多くの人が信じて
いるわけで、それはそれでいいと思いますが、私の場合そうした信心は持ち合わせていません。
まあそれはそれでいいのかなと思っています。
一体どうして「良い」「悪い」という価値基準が世界のあちこちで生れたのか?興味深い現象です。
やはり宗教のせいでしょうか。

では「良い」「悪い」ではなくて、人間を含む生物がしてきた事、している事、将来もやり続けるで
あろう事とは一体何なのか? おそらく真実の答えなどというものには到達しえない、しかし有力
な仮説位は見付けることが出来るかもしれません。

 

 151213 アナログレコードは針通しすれば進化する?!

アレ?と感じたのは5年程前に購入したマイルスのプレスティッジ時代のOJC盤(ingシリーズ)を
聴いた時のことでした。

最近まとめて購入し、片っ端から針通しした未開封OJC盤と比べるとサウンドにギスギスしたとこ
ろが無くて滑らかです。それでいてサウンドのカドはしっかりしています。

また、こんな事も経験しています:
ブルーノートのリバティ盤ですが、盤のコンディションはNM(Near Mint)、要するにあまり再生
(=針通し)されていなかったということです。
何しろリバティ盤といっても数十年経った古い盤ですから、プレス時の剥離材の滓のようなものも
固化していて、購入時のクリーニングでは完全には除去出来ず、針通しして初めて除去出来た
という事がありました。

この針先で音溝のクリーニングをする能力は、針丸針より楕円針、楕円針よりラインコンタクト針
あるいはマイクロリニア針の方が高いようです。

昔、オーディオが盛んだった頃、私も含めて多くの人が針先もレコードも磨り減るという間違った
思い込みをしていました。

今では、レコード盤は適度に針通しした方が音溝のコンディションはむしろ良くなるという事が
分かっています。

つまり新品のレコードにしろ中古のレコードにしろ、購入した時点では盤のコンディションは言わば
初期状態であり、これを針通しすることで良くしてゆけるということなのです。
無論、良くなるといっても限界はあるでしょうが、誰でも買えるただのレコード盤が自分にとっての
宝物になる可能性があるということになります。

 

 151215 えっ?!「暮しの手帖」でレコードの評価をやっていた?

私は「暮しの手帖」は知っていましたが、商品テストについては家電製品ばかりだと思い込んでい
ました。
しかし最新の「季刊アナログ 2015 WINTER Vol.50」の記事『新連載9 菅野沖彦 ピュアオーディオ
への誘い 第22話』によればLPレコードの評価もやっていて、それに菅野氏が関係していたという
のです。

以下、少々長くなりますが、その記事から引用させていただきます:

「『暮しの手帳』の研究室で聴いていた、トリオのセパレートステレオ
 「暮しの手帳社」は商品テストの走りを実行した出版社でした。商品は全て市場で買ってきて、
 それを実際に使って長期間テストするという、厳格さに大きな特徴がありました。
 (中略)
 音楽の記事も掲載されるようになりました。最初は、同誌らしいレコードの聴き比べでした。
 クラシック音楽を例にとると、ベートーヴェンの第9交響曲であれば、(中略)LP時代になって
 20種類を超える同曲演奏盤が出るようになったわけです。第9や第5など、人気の名曲は特に
 そうです。さらにLP時代には、録音・音質の良し悪しが戦前以上に取り沙汰されるようになって
 きました。「暮しの手帖」らしい、いい演奏といい録音のレコードを推薦しようというわけで、連載
 記事が企画されたのです。
 (中略)
 編集長の花森安治さんから「君の好きなような、あの、スゲェ、オーディオではなく、普通の人が、
 距離を感じない程度のオーディオシステムで『暮しの手帳』の部屋で全てのレコードを聴いて、
 ベスト盤を選んで欲しい。全て実際にテストするのが、うちの編集方針だから」と言われました。
 したがって、この仕事を始めるには、まず装置を選ぶことから始めなければなりません。そこで
 慎重に選んだのが、トリオのセパレートステレオという製品でした。
 (中略)
 これは一般家庭にとってはかなり本格的な、ステレオシステムでしたが、マニアのものではあり
 ません。(中略)
 忘れもしません、サテンのカートリッジが付属していました。かなり酷使するわけですから、その
 サテンはデリケート過ぎて不向きでした。そこで、編集部の人たちといろいろ聴き比べをした
 結果、選んだのが、当時発足間もない新進気鋭のブランド・オーディオテクニカのカートリッジで
 した。AT1から始まりました。当時はAT3が発売された頃でした。編集部の研究室を1部屋、
 専用に与えられ、担当編集者2人と夜な夜な聴き込む毎日が始まりました。(中略)
 パイオニア、サンスイも同じようなものを出していたのに、なぜトリオを選んだかと申しますと、
 当時役員であった春日二郎氏(故人・アキュフェーズの創業者)の考え方に共感していたことと、
 (中略)
 もちろんトリオといえばトランジスターアンプの第1号を作ったメーカーであり、歴史に残るブラン
 ドのひとつといえますね。」

また、暮しの手帳社は当時の一般家庭用のステレオ装置(モジュラーステレオというそうです)の
商品テストもやったそうです。そこで高い評価を受けた製品のメーカーがオンキョーだったそうで、
それをきっかけにオンキョーというブランドが一般に認知されたのだとか。

余談になりますが、最近のオーディオ雑誌は、(このアナログ誌も含めて)全てがそうですが、
メーカーから製品の提供を受けて、オーディオ評論家が文章を書く(=評価する)というスタイル
です。結局全ての製品は何らかの理由で推奨されるということになります。
これが本当にマトモな事なのかどうか、日頃から大変疑問に思っています。
新製品に買い換えれば、あるいはそれらを新規導入すればシステムの音質は限りなくどんどん
良くなってゆく、そんな事は(私の経験からしても)絶対に有り得ないからです。

 

 160302 カートリッジ・システムのローテーション

私の処では2カ月に一度、モノラル系もステレオ系もカートリッジ・システムをローテー
ションします。

モノラルのカートリッジ・システムは4種ありますが、オルトフォンのSPU(これだけ
針先が1ミルで、負荷抵抗が47kΩというヘンなMCカートリッジ)以外は全てテクニカ
AT-33MONOでヘッドシェルやリード線が違うという趣向です。
一方のステレオ・カートリッジ・システムは8種、カートリッジ自体全て違っていますが
基本的にヘッドシェルはテクニカのAT-LH18/OCC(このシリーズで一番重いタイプ)、
リード線はZYXの“リード線”です。

つい先日、このローテーションをしたのですが、恒例の事ながらやはり緊張するというか
神経を使います。
特にステレオ系はトーンアームがRigid Float/Hで針圧直読方式ではないからSHURE
天秤式針圧計(これは意外に正確)を使うなどやっかいです。

こうしたローテーションを何年もやっていると、カートリッジの価格差による音質の差は
たいしたものではない事が分かってきます。
ステレオ系で一番高価なカートリッジはオルトフォンのWindfeld、一番安いものはデノン
DL-103ですが、ブラインド・テストをしたら、おそらくほとんどの人は判別出来ない
と思います。

それより気になるのは、(カートリッジ・システム)−(アーム)−(カウンターウエ
イト)
全体の慣性質量が大きいか中くらいか小さいかによる様々な影響です。

慣性質量があまり大きいとレコード盤の反りに対してアーム全体が追従せず、針先という

かカンチレバーだけで対応するのでウーファのコーンがふらふら動く事になります。
どうもやはり中くらいか小さいくらいにして、レコード盤の反りに対してある程度までは
アーム全体で追従する方が良さそうなのです。

慣性質量の大・中・小が音質に与える影響についてはまだよく分かりませんが、あまり
無いと言ってもいいのかもしれません。

 

 160311 東日本大震災から5年

私にとっての東日本大震災は自宅の激しい揺れ(震度5強でアップライトピアノも移動)
ではなく、震災当日か翌日にTVで放映されたふたつの映像です。
ひとつは丘に避難した人が撮った、住宅などの建物が次から次へと流されてゆく光景、
もうひとつはやはり一般の人が撮影した、川を遡上する津波に乗り上げた漁船が橋に激突
する様子です。

一体これらは何を意味しているのか、当時の私にはよく分からず言葉で表現出来ませんで
した。

しかし最近になって、海岸近くに住宅を建てて津波に一切合財流されたことも原発が全て
の電源を失って爆発事故を起こしたことも根っこは同じだと思えてきました。
それは人間の側の主張というか都合を通し過ぎたからだということです。

もし高台に住宅を建てて、片道15分位海岸の仕事場まで歩く不便さを我慢すれば、自宅は
流されずに済んだでしょうし、もし原発を建設するに際して海岸の30mの断崖を10m
まで削らず、冷却の為の海水を取り込むポンプの動力費用に目をつぶっていれば非常用の
ディーゼル発電機が冠水することはなかっただろうということです。

広島の豪雨による土砂災害にしても、山の際まで宅地を造成するということをせずに、
4,50m空けておけば災害は起こらなかったはずです。

三陸海岸の津波災害は皆そうですが、もし人間の営みが無くて太古からの自然のままだと
したら巨大津波が来ても別にどうって事は無かったに違いありません。
というのも、当時海に突き出た高さ40m程の小さな岬(てっぺんに松が生えていました)
に津波が激突する映像も観たのですが、岬が崩壊すると思いきや、その小さな岬は全く
びくともしなかったからです。

私達人間は、本来自然の産物であるにも拘らず、日頃どっぷりと人間社会の中に漬かって
生きていますから、ついつい人間社会の中での折り合いを最優先にして物事を考えてしま
います。人間社会の外側での危険に対する感受性は鈍くなっていると思われます。

しかし人間の側の主張というか都合を通そうという場合、もう少し慎重であってもいいの
ではないかと思います。「配慮」が必要です。
人間が造り出すモノは自然の産物に比べてはるかに脆弱だからです。

陸前高田市では巨大なスーパー堤防のような人工の高台が完成して、これで津波に対抗
しようということですが、アレ本当に大丈夫なのかなと思っています。
というのも釜石では沖合いの長大な堤防の土台が津波によってえぐられ、かなりの部分が
倒壊してしまったからです。
川の堤防が決壊するような事にならないといいのですが・・・。

さて、東京の都心に林立するビルの様子を観ていると、特に夜景はそうですが、繁栄の
象徴のような光景ですごいなあと思います。しかし一方では何かしら危うさも感じます。

5年前に津波で流されてガレキと化した建物は決してガレキにする為に建てられたわけ
ではないし、原発にしたって放射能をばらまく為に造られたわけではありません。
しかし結果としてそうなってしまった、その根本的な原因についてよくよく考えてみる
べきだと思います。

 

 160418 熊本地震の建物被害

あまりに酷いので愕然としました。一体どうしてこんな事態になったのだろう。
どうも地域全体が地震に対する感覚を失っていたのではないかと思われました。

当地では常に「大地震は絶対にいつか来る」という気持ちで生活していますので、何かというと
その気持ちが形になって現れてくるように思われます。

特に「これはイケナイなあ」と感じた光景は南阿蘇村の東海大学農学部の学生アパートの倒壊
でした。見た目には新しい建物のようですが、東西方向(桁行き方向)に1階部分がつぶれて
しまっています。このような狭い間口の部屋を横に並べた長屋の場合、どうしても東西方向の壁
が不足がちです。南北方向(梁行き方向)は部屋間の界壁があるので壁量は十分なのですが。
これはもう設計であらかじめ工夫するしか手立てはありません。

今回運よく生き残った建物については、念の為に耐震診断をして必要があれば耐震補強をすべ
きです。建物が損壊したら元も子も失ってしまうからです。

 

 160429 理解不能・・・

熊本地震で多くの住居が倒壊した事も三菱自工の社員が違法な試験方法を四半世紀に亘って
続けてきた事も私には理解不能でした。

前者については地域全体に地震に対する警戒心が不足していたようですが、旧耐震とか新耐震
ということではなく、自分の家を地震に対して安全にしておくことは何より自分の為なのに、何故
かそれをしてこなかったのです。
一方後者は正に自殺行為で、しかし普通の人が自殺をしたがるなどということは全く考えられま
せん。

この世では互いに理解し難いことが沢山あるということは従来から感じていました。
しかし「理解不能」とまでは思ってもみませんでした。これは私にとって新境地と言ってもいい認識
です。

宇宙にブラックホールが沢山あるように、人間社会には「理解不能」が潜在しているのかもしれま
せん。
勿論、理解不能なことばかりではなく、互いに理解出来ることも沢山あるわけです。だから今まで
何とかやってこれたし、これからもやっていけるでしょうが、今後はちょっと用心しなければいけな
いなあと思いました。

 

 190830 日本人と英国人のテイストの違い

高校生の頃は、どちらかというと英国人に親しみを持っていました。
日本が近代化を図った際、英国はお手本となった国のひとつだと教わりましたし、沢山の英国
小説が翻訳・出版されていたこともありますが、何よりもまず地図上で英国は日本と同じような
大きさの島国だったからでした。

大陸から切り離された島では、一般的に生物は小型化し独自の進化をとげると言われています。
同じような島国の住人である日本人と英国人の間には何か心情的にも相通ずるものがあるので
はないかと思われました。

しかし、これは勝手な思い込みだったらしいという事が最近分かってきました。
そのきっかけですが、近年NHKが放映し続けているBBC制作のドキュメンタリー番組を観ている
ことです。観れば観るほど違和感というか、日本人と英国人のテイストの違いを感じます。
BBC流というか英国流というか、そのテイストは一貫していて、「制作BBC」というクレジットが無く
ても、これはBBCだろうという見当がつく位です。

これはまあテイストの違いということですから、「どちらが良いか」とか「どちらが上か」という問題
ではありません。
しかしこれだけテイストが違うと、お互いに分かり合えるなどということは出来ないのではないか
と思われます。
さらに言えば、この「テイストの違い」はドキュメンタリー番組の制作に限ったことではなく、生活
全般に及んでいるのではないでしょうか。

何故こんなにも違うのか? テイストの違いは言わば結果であって、その原因や要因は多岐に
亘るため、説明することは極めて難しいと思われます。

 

 160917 曇天雨天続きでも気分良く過ごす方法はないものか

9月に入ってからずーっとそうですが、晴天という予報が出たことがありません。
曇りマークや雨マークばかりです(実際には少し晴れ間もありましたが)。

実に気分が良くない、気持ちが滅入ってしまいます。

身体的・物理的には、エアコンを25℃設定で冷房自動運転をして室内の除湿をするという工夫を
していまして(大体10%下がります)、これはこれでそれなりに機能しています。
とはいえ、気持ちの方は晴れません。

そもそも、大方の人間は好天に対してポジティブな反応をするように出来ているようでして、
反対に悪天候に対しては用心するというかネガティブな反応をするようです。

かって、天気というものは3日とか4日の周期で西から東へ変化していくもので、長期間に亘って
(べたーっと)曇天が続くなどということは考えられませんでした。

しかし、これは気候変動とでも言えばいいのでしょうか、今後はこうした事態が当たり前になる
可能性が高いと思われます。

こうなると、曇天雨天続きでも少し気分を良くする工夫が出来れば大変有益です。ところが、
これがなかなか見つかりません。湿度が高い曇天続きの中で元気一杯なのは道端の苔くらいな
ものです。

 

 160918 ふたりのミュージシャンとマイルス・デイビス

ふたりのミュージシャンとは井上陽水とTOKUさんです。

季刊・アナログ誌(2016 AUTUMN vol.53)にふたりのインタビュー記事(別々)が載っていました。

この雑誌ではマニア向けにアナログ・オーディオ製品の紹介をする記事がメインですが、そうした
記事よりこちらのインタビュー記事の方が印象に残りました。

1948年生まれの井上陽水の方は別にマイルスのファンというわけではなく、WOWOWで最後期の
マイルスを観て「ああ、いい芸風だなぁ」と感心しています。

一方、1972年生まれのTOKUさんの方は、中学時代にリアルタイムで”ユア・アンダー・アレスト”
を聴いて、大学生の時には50年代にプレスティッジに残した作品からミュート・プレイを集めた
”ザ・ミュート”というコンピレーションCDに出会っています。
そして、その中で ’イフ・アイ・ワー・ア・ベル’が気に入ってコピーしたそうです。

これらふたつの記事はお互い全く関係が無いので、編集側が意図してこうなったわけではありま
せん。

いろいろなマイルスとの出会いがあるのだなあと思いました。

 

 161101 「レコードはみつけた時に買え!」(故油井正一)

先日、ジャズレコード好きの知人から「何とか再就職出来た」という連絡が入りました。

ウーン、それなら再就職祝いにジャズレコードでも買っておこうかと考えました。

そういえば6月だか7月にAmazonで ”le dernier message de LESTER YOUNG”(1959 Barclay
84069)のリ・イシュー2011が1枚売れ残っていたことを思い出しました。
しかし再検索したところあっけなく品切れです。

それならマイルスの(正真正銘の)ラスト・アルバム ”Amandla” はどうか?
これは8月末に再発盤が出たばかりです。Amazonで調べてみると(8月末には2千数百円で沢山
出ていたのに)、「出品者からお求めいただけます。新品の出品:1 \42,017より、中古品の出品:
2 \25,790より」とのことでした。

ガビーン、全くトホホな状況です。

今回は私自身のためにではなく(私は幸い両方共持っています)、知人のために買おうとしたので
すが、正に「レコードはみつけた時に買え!」だと思いました。

 

 170820 1960年代の洋楽(ポップス)

NHK・BSで「BS洋楽グラフィティー 60’s」という番組が放送されています。
深夜というか超早朝の放送なので録画して観ています。

私が小学生の頃、ラジオ(といっても自作鉱石ラジオですが)で聴いた曲も多いので、懐かしいか
といえばまあそんなところです。

しかし何故こんな曲が流行ったのだろうか?と考えるとやや複雑な気持ちになります。

今、振り返ってみて、ひとつだけほぼ確実にこうだと言えることは:

演奏側も観客側も若さというエネルギーに満ちていた(それしかとりえが無かった)ということです。
演奏は両者のエネルギー放出の引き金というかきっかけでした。

この音楽ジャンルでは、年をとって若さを失えば演奏側も観客側も舞台から姿を消すことになり
ます。

「若さ」を単に消費(あるいは浪費)するのではなく、何かもう少し先の人生に繋げられるような
やり方はないのかとついつい思ってしまいます。
別に教育的見地からこう思うわけではありません。あれ程エネルギーに満ちた時期は人生の中で
は短いし貴重だと思うからです。

 

 170904 もし目標の達成後行き詰ったら

この問題、意外に深刻なんです。

無限の複雑さを相手にしている自然科学や死んでみなければ極楽浄土に行けたかどうか分か
らない信仰の世界は別として、ほとんどの目標は有限な世界を相手にしているので、ちゃんと
真面目にやっていれば一応目標は達成出来てしまいます。

例えばオーディオの世界では、ベテランになると自分好みのサウンドを出すシステムは遅かれ
早かれ完成します。その後どうするか?です。

ジャズのオリジナル盤の収集にしても、いろいろ大変なことはありますが、かなりの盤が揃えば
やはり行き詰ります。

行き詰まりを打開する代表的な策としては次の3つが考えられ、世の人々も大体はこうした手を
打っているようです。

1 対象を拡大する
  これは今までの経験も活かせるだろうし、無難な方法だと言えそうです。

2 現状を維持する
  当面は同じ事の繰り返しを我慢して何か良いアイデアが閃くのを待つ。ただし良いアイデア
  が閃く保証はありません。

3 対象を一新してイチから出直す
  このやり方の問題点は、結局同じプロセスをたどるのではないかということです。
  もし自然を対象にした目標を設定すれば、この問題点は回避出来るかもしれません。

先人はどうやってこの危機を乗り越えたのか、他の人は今どうやってこうした危機を乗り越えよう
としているのか、そもそも何で目標が必要なのか、興味深い問題です。

今のところ決め手は見出せていません。

 

 171013 不具合が生じたリモコンは修理出来ない

リモコンに不具合が生じるとは思ってもみませんでした。

しかし地上波がデジタル化された時に購入した三菱のテレビとレコーダーのリモコンが次々に
ダメになりました。
病状はいずれも同じ(両者ともMade in China)、ボタンを押しても「ニチャッ」という感触で反応が
鈍くなり、やがて全く反応しなくなります。

テレビのリモコンはネットで中古品を探して購入、レコーダーの方はまだ新品が沢山売りに出て
いました。仕方がないのでそれらを購入するわけですが・・・。

そもそもリモコンが修理の対象品になっていないことが問題だと思います。
特にレコーダーはリモコンが無かったら何も出来ません。
オーディオ機器のように本体でほとんどの操作が出来て、リモコンが無くともそれ程困らないの
とはわけが違うのです。

何故リモコンは修理対象外なのか?設計的にも製造的にも対応は出来るはすだと思うのですが。

 

 171106 マイルス・デイビスの中古レコードと再発盤に異変が

起きています!

まず気付いた事は、今まで随分利用した大宮の中古レコード店グリグリのネットリストから突然
マイルスの盤がきれいサッパリ消えたという現象。

さらに(もう少し後に気付くのですが)ジョン・コルトレーンの盤も皆無でした。

しからばグリグリが加盟している「サウンドファインダー」ではどうなのかと調べてみると、無いこと
はないのですが、私の感覚では価格が千円ほど上がっている。

次は新品の再発盤はどうなっているのかAmazonのリストを調べてみますと、以前と比べて数が
極端に減少、CDばかりになっています。

一体何でこんな事になったのか???

私の場合はアナログレコード再生を再開した7年前(その頃はAmazonでOJCの再発盤が\1,300
で送料無料)からポツリポツリと買い集めたアルバムが百枚を超えているので問題は無いのです
が。
これからジャズのレコードを聴こうという人は大変じゃないかと思いました。

昨今のアナログレコード・ブームが何か影響しているのでしょうか・・・。

 

 171120 65才にとっての同窓会

多くの人が同窓会の案内を受け取っているはずです。

私の場合は小学校・中学校(合同)、高校、専攻分野、会社関係が3種で、計6種の同窓会の
案内が来ます。今まではそのほとんどに出席しませんでした。

それどころか、60才を過ぎてからは同窓会の会費も払っていません。会社の仕事に「定年」が
あるように、同窓会だって定年制度があってもいいじゃないかと考えたわけです。

特に問題なのは小中合同の同窓会、都内の少々高級な店で開催されるので会費も高めです。
出席者も固定されているようで、昔の仲良しクラブがそのまま続いていると思われ、それも足が
遠のく原因になっています。
19才で都内を離れた私の場合、彼らと日頃のやりとりがあるわけでもなく、今更内容のある会話
が成立するとはとても思えません。

しかし私のようなヘソ曲がりは少数派で、同窓会に参加する意義を見出している人達が沢山いる
ことも事実です。
彼らは一体どのような意義を見出しているのだろうか?あれこれ想像はしてみますが、結局の
ところ分かりません。

そこで、改めてどのような同窓会であれば私は出席するだろうかと考えてみました。

65才ともなれば現役を引退した人が多いだろうし、中には専門知識・技術や得意技を身につけた
人もいるだろうと思われます。
そういう人達がそれぞれの知識や技の分野を披瀝し合って、それを必要とする同窓生に提供する
というプラットフォームをあらかじめ作ったらどうでしょうか。その上で同窓会を開催するのです。

年をとってくると今まで経験したことが無いような困り事が必ず出現します。
そんな時にコンサルタントや業者に相談するのではなく、同窓生に相談することが出来れば大変
有難いのではないかと思われます(勿論無料で)。

 

 171128 大相撲のルーツはネコ(あるいは動物一般)の縄張り争い?

このところ、いやここ何年もネコを特集したTV番組が目につきます。

たまたま私が観たその中のひとつはオスネコの縄張り争いについてでした。
これを観ていてハッとし、思い起こしたのが大相撲でした。両者は全くそっくりです。

相撲では「仕切り」をしますが、これはネコの場合も同様です。まずはお互いに相手の力量を測る
わけです。それと「間合い」です。これはまるで儀式のようで、機が熟さないと闘いは始まりません。
いったん闘いが始まると相手を組み伏せるか縄張りから追い出せば「勝ち」となります。

ネコに限らず大体の野生動物の縄張り争いは同じようなプロセスをたどるようです。

つまり、相撲は動物の縄張り争いを象徴化したものではないかと思われたのです。
こうした意味合いで、相撲はスポーツとしての柔道やレスリングとは全く異なるもの、自然現象を
素直に写した儀式だと言えるのではないでしょうか。

 

 
 
 



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